16日「志賀原発を廃炉に!」富山「株主」訴訟 富山地裁
17日平和フォーラム北信越ブロック(福井県、富山県、石川県)関生オルグ(県平和センター事務局・会議室3)
県憲法を守る 会常任委・戦争させない1000人委石川合同会議(社民党)
18日金沢市長申入れ(自衛隊への18才以上名簿提供やめよ!) 市民局長
2019.12.18 自衛官募集に係る対象者名簿提供の取りやめを求める申し入れ書
石川県平和運動センターは労働組合とPEACEネット会員で構成し、議員、市民団体などと連携する反戦・平和団体です。1989.9県評センター2000.9連帯労組会議を経て誕生 平和憲法を活かし反戦・平和 反核 脱原発 環境 教育 人権などを取組む。信条の一つに「信頼は専制の親である」:国民が政府を信頼すると専制政治を生み出してしまう、「猜疑心こそが民主主義国家を作る」がある。画像は改憲に反対する集会 米軍B1爆撃機と共に「核威嚇」する空自小松の戦闘機 「戦争法」成立により「参戦」準備を進め「先制攻撃」体制を強化している。絵は抽象画 熊谷守一氏の紫陽花、蟻・・、辺野古、友禅作家志田弘子さんの母と子・・。団結して平和人権環境を破壊する政権を倒し平和で自由な世界を創ろう!
16日「志賀原発を廃炉に!」富山「株主」訴訟 富山地裁
17日平和フォーラム北信越ブロック(福井県、富山県、石川県)関生オルグ(県平和センター事務局・会議室3)
県憲法を守る 会常任委・戦争させない1000人委石川合同会議(社民党)
18日金沢市長申入れ(自衛隊への18才以上名簿提供やめよ!) 市民局長
2019.12.18 自衛官募集に係る対象者名簿提供の取りやめを求める申し入れ書

第5の戦場――。サイバー空間は宇宙と並び、安全保障における新たな重要領域だ。サイバー空間で優位を奪われれば陸海空の戦力は無力になる。新たな空間への対応は日本の防衛にとって必須の課題だが、自衛隊にとっては1954年の発足以来続いてきた強固な「縦割り組織」をどう崩すかという別の難題でもある。
「陸自は人が多くていいよな」「海自が言うことを聞いてくれない」「空自が突然こんなこと言ってきた」――。陸海空の隊員が互いに不満を漏らし合う光景は、防衛省本省がある東京・市谷では日常茶飯事だ。
■「縦割り」表す四字熟語
誰が言い出したか、自衛隊の組織の特徴を捉えた四字熟語がある。陸自は「用意周到、動脈硬化」。海自は「伝統墨守、唯我独尊」。空自は「勇猛果敢、支離滅裂」だ。
簡単に解説すると、こんな意味だ。陸自は全体の6割を占める巨大組織。書類などの準備は入念だが、動きは鈍い。海自は旧海軍の人員を引き継いで発足した。伝統を重んじる気風が強い。それだけに他の組織とのあつれきを生むこともある。空自は戦闘機のパイロットが組織の中核を担う。パイロットは臨機応変な対応がモノを言う。スピード感はあるが、他の組織からみれば筋道が立っていない部分もある。
強固な縦割り組織は各国の軍隊でもよくみられる。これまでは「縦割り」がそれほど問題視されることはあまりなかった。在外日本大使館に駐在する陸海空の武官などをのぞくと、通常は互いが混じり合って働くことはほとんどないためだ。安全保障環境は激変し、従来の組織の枠組みでは対応しきれない事態も出てきた。代表例が陸海空の混成部隊として2014年3月に発足した「サイバー防衛隊」だ。

13年5月にサイバー防衛隊準備室が発足した(防衛省提供)
サイバー空間への対応と統合部隊の立ち上げ――。自衛隊にとって二つの新たな領域だ。チーム運営の難しさは誰もが予想できた。その初代隊長を命じられたのが空自出身の佐藤雅俊(58)だ。佐藤は1984年に防衛大学校を卒業し航空自衛隊に入隊した。職種は航空基地やレーダーサイトの通信機器を取り扱う「通信電子」だった。幹部学校の研究員として各国のサイバー領域に関する政策を研究していたこともある。隊長への就任はなんとなく予感していたという。
陸海空、それぞれの組織から集められたのは約90人。まず佐藤が訴えたのは「陸海空の力の結集」だった。佐藤は繰り返し隊員に「心を一つにしよう」と説いた。これは逆説的に、これまで陸海空が一つになりきれていなかったことを意味している。
■言葉が通じない
陸海空の自衛隊は普段、現場の隊員同士でコミュニケーションを取ることはほとんどなく、同じ自衛隊でも組織文化や言語表現は異なる。たとえば発足当初、こんなこともあった。「きちんと『たてつけ』しないと」。海自出身の隊員が言うと、ある陸自出身者は周囲を見回した。「どこか扉が壊れていたかな」と思ったが、どうも話がかみ合わない。海自では普段から「たてつけ」を「準備」という意味で使っているという。

初代サイバー防衛隊長を務めた佐藤
佐藤は異なる組織文化を逆手に取った。陸海空では、あいさつの様式が少しずつ違う。たとえば陸自と空自は「敬礼」の合図と同時に敬礼する。海自では、それぞれのタイミングで敬礼してあいさつする。
「きょうは海自式だ」。送別会の際も、海自出身者が対象の場合は、制帽を振って見送る「帽振れ」の合図とともに別れを惜しんだ。頭ごなしに命令しても組織は動かない。それぞれの伝統を尊重する雰囲気をつくるよう心がけた。
急ごしらえで部隊が発足したこともチームの融合の足がかりとした。

18年末に策定した防衛大綱ではサイバーなどの新領域を「死活的に重要」と位置づけた
通常、新たな部隊を編成する場合、隊員が訓練を積んで、一定の水準に能力が達してから正式に発足する。だが、サイバーテロの危機は迫っており、サイバー防衛隊にその余裕はなかった。13年5月に準備室が発足してから、わずか1年程度の準備期間で部隊は発足した。「サイバーセキュリティって何?というところからスタートする人もいた」と佐藤。あらゆることが手探りのなかで、出身部隊を超えて経験者が未経験者を指導した。未経験者向けの訓練プログラムも作り、個々の能力を底上げした。その間に融和が進んだ。
■「異文化」吸収の芽も
「空自はスピード感がある。陸自の上意下達のやり方じゃ遅い」。陸自出身者は、自分たちの組織の欠点に気づかされた。一方、海自出身者は陸自の隊員をみて「指揮命令系統がしっかりしている」と感心した。
「縦割り」の殻に閉じこもっているときは、互いの悪い点に目が行きがちだった。だが、今は互いに「異文化」を吸収する芽が生まれつつある。
多くの人が「組織の常識や前例にとらわれない佐藤らしい」と言う一枚の写真がある。サイバー防衛隊の発足当初、防衛相(当時)の小野寺五典(59)がオペレーションルームを視察した際の様子だ。佐藤が椅子に座り大画面に指をさし、小野寺が腕組みをして画面を眺めている。一見、何の変哲もない写真だが、自衛隊の関係者が見ると異様に映る。
防衛相は最高指揮官の首相の下で自衛隊組織を統括する。通常は防衛相が現場を視察する際、隊員らは直立して出迎える。防衛相を立たせたまま、現場の隊長が着座することはまずない。佐藤は「サイバー防衛隊は機密性が高く現場の隊員の顔をさらすことができなかった。パソコンの操作をしながら説明したからだ」と話す。「でも、幻の1枚だ」と語る。
佐藤は定年退官を控え、16年12月にサイバー防衛隊長を退いた。防衛省内の会議室で開いたささやかな退官パーティーで、佐藤は部下たちに訴えた。「世界に通用する負けない部隊になってほしい」。会合が終わると隊員らが佐藤を見送るため道路の前に整列した。

指揮通信システム部長の市田
「敬礼!」。全員そろっての別れのあいさつは、合図とともに同時に敬礼する空自式だった。空自出身の佐藤に配慮した部下たちの計らいだった。「海自バージョンでいいよ、って言ったのに」と佐藤は笑う。
サイバー防衛隊の隊員は現在、発足当初より6割増え約150人の体制になった。23年度までには500人規模のサイバー防衛部隊を新編する。米国の人員は6000人規模、中国は数万人単位いるとされ、自衛隊の体制構築は途上だ。サイバー防衛隊を統括する統幕の指揮通信システム部長の市田章(53、海将補)は「持続可能な組織にしていくのが今後の課題だ」と強調する。
■稲妻にこめた意味

エンブレムの稲妻には陸海空の力を結集する意味を込めた
サイバー防衛隊には、発足後に若手隊員の発案をもとに作った部隊のエンブレムがある。くちばしに刀をくわえたフクロウの両側に稲妻をあしらったデザインは陸と海と空の力を結集する意味を込めた。
急速な技術の進展への対応、組織の融和、人材育成……。サイバー防衛隊は最初の一歩を踏み出したが、自衛隊全体ではまだ陸海空の縦割りは続き、予算の奪い合いも激しい。だが、日本を取り巻く安保環境が激変するなか、サイバー防衛隊が向き合う課題は自衛隊という組織全体の課題でもある。=敬称略、つづく
(加藤晶也)
2014.11 沖縄知事選
プロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのかは分かりませんけど、政治の役割はふたつあります。ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物(放射能汚染はだめだ!)を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!
私が小学校の頃、戦国(軍国)少年でした。小学校、なんでゲートルを巻いて、戦闘帽を被って、竹槍持たされたのか、今振り返ると、本当に笑止千万です。もう二度と、ああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけじゃない、大学生も雨のなかを、大勢の将来大事な大学生が戦地へ運ばれて、半数が帰ってこなかった。
沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。 そこに住んでいる人たちのものです。 辺野古もしかり!
勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。
まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。 その良心ある人々は、国が違え、同じ人間だ。 みな、手を結び合おうよ。
※万国の労働者、団結せよ!
◆銀幕で存在感 心に空隙 [評]内田誠(ジャーナリスト)
2019年12月5日
国際協力NGOセンター(JANIC)
2019年12月4日、アフガニスタン・ジャララバードで、ペシャワール会現地代表の中村哲氏が命を落とされました。中村氏は、車で移動中に銃撃され、同乗していた運転手や警備員など5名も犠牲となりました。この度、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表すると共に、人道支援を行う民間人への攻撃に対し強く抗議します。
中村氏は、1984年にパキスタンで現地の人びとや難民の医療活動に携わり、1989年からはアフガニスタンで活動を開始。2000年からは、用水路建設などの灌漑水利事業を通した復興支援を行い、これまで貧困や紛争に苦しむ多くの人びとに寄り添い、命を助け、また希望を与えてきました。
これまでの中村氏の功績に敬意を表すと共に、アフガニスタンなどの厳しい環境下に暮らす人びとのために活動するNGOが安全に活動に携われるよう対策を強化し、多様な人びとが安心して暮らせる社会の実現に向けて邁進してまいります。
英語版はこちらから
認定NPO法人 国際協力NGOセンター(JANIC)
janic-advocacy@janic.org 03-5292-2911
恒例の、12.6戦争を許さず平和を考え行動する会の「2019年集会」が地場産センター本館一階第7研修室で開催されました。この集会は、78年前の12月8日、日本が「英・米・中・蘭」に宣戦布告し太平洋戦争に突入した日であり、「二度と戦争しない」と決意を新たにし平和のために実践することを目的とする集会です。この日に日本軍は真珠湾攻撃とインドネシア侵攻を行いました。このことが310万人の日本人と2000万人のアジア民衆が殺されるスタートとなったのです。
連合石川青年女性委員長の斉藤恵さんの「二度と戦争はしない」という力強い挨拶の後、「菜の花の沖縄日記」を綴った坂本菜の花さんの「沖縄にいた3年間で学んだこと」と題して講演してもらった。なぜ沖縄なのか、なぜ辺野古なの、なぜ新聞に連載されたのなど、彼女がたどった少女時代の経過が「ドキュメント」として紹介されました。
その中でも、高校を機に沖縄の「珊瑚舎スコーレ」に転校したことが大きな転機となったようだ。そこで、「自ら考え、学び、実践する」ことを体験したこと、友達と培った「他者を知ること」「他者の声を聞くこと」の大事さ、そして「自分がいまここで何をするか」など、講演の核心部分を語ってもらいました。みずみずしい感性、素直な言葉、率直な体験談など、どれ一つとっても二十歳の女性の語りとは思えない「しっかり」したお話でした。いそがず、ゆっくり、じっくり成長してほしいですね。ありがとうございました。またの機会を楽しみにしています。
主催団体 連合石川青年女性委員会、石川県平和運動センター青年女性部、退職女性職員協議会、社民党女性局、国民民主党女性局
竹内浩三は23歳で、1945年4月9日にフィリピン島バギオ北方1052高地で戦死したと三重県の公報は伝えています。浩三は呉服店に生まれ、映画監督を志し、姉からの仕送りで友と遊び歩き、失恋に涙を流すユーモアたっぷりの青年でした。.
その詩の中から、まず「ぼくもいくさに征くのだけれど」を紹介しましょう。
街はいくさがたりであふれ
どこへいっても征くはなし 勝ったはなし
三ヶ月もたてばぼくも征くのだけれど
だけど こうしてぼんやりしている
ぼくがいくさに征ったなら
一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな
だれもかれもおとこならみんな征く
ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど
なんにもできず
蝶をとったり 子供とあそんだり
うっかりしていて戦死するかしら
そんなまぬけなぼくなので
どうか人なみにいくさができますよう
成田山に願かけた
底本:「竹内浩三全作品集 日本が見えない 全1巻」藤原書店
なんと、せつない詩でしようか。戦争などしたくはなかったという浩三の思いがあふれた詩ですね。この詩を読むと、私の父はどんな思いで、学業の途中で出征したのだろうかと想像します。
こんな詩も遺されていました。
詩をやめはしない
たとえ、巨きな手が
おれを、戦場をつれていっても、
たまがおれを殺しにきても
おれを、詩(うた)をやめはしない
飯盒に、そこ(底)にでも
爪でもって、詩をかきつけよう
「おれを」「戦場を」は誤記ではありません。それだけ、思いつめた悲愴な詩なのです。甘えん坊でいたずらにマンガばかりを描いていた竹内にとって、詩こそは戦争の狂気の中で、正気を保つための唯一の途だったのでしょう。(海渡雄一FBより無断転載)
志賀2号機の新規制基準の適合性を審査する原子力規制委員会の審査会合が本日(10月25日)13時30分から開催された。
その顛末は「喜劇」としかいいようのないものであった。北陸電力は「ないものはない」と、活断層でない証拠を出せないことを明言すべきだ。世に「往生際の悪いこと」を「北電のようだ」と揶揄されないように。
2012年12月の第二次安倍政権成立以来、日本国憲法によって保障された権利や自由の空洞化が、急速に進行してきました。このことは、この間強行されてきた特定秘密保護法や戦争法、共謀罪新設といった、明文的な、憲法違反の法律によるものにとどまりません。
安倍首相の演説への抗議の声を上げた市民を、何らの法的根拠も示さず警察が拘束する。あいちトリエンナーレにおける「表現の不自由展」に対する脅迫を契機に行政が介入、補助金の停止を強行する。基本的人権のひとつである「表現の自由」への抑圧が、著しく拡がっています。
そしていま、全日建関西生コン支部に弾圧が集中しています。憲法28条に規定された労働基本権に基づく労働組合による正当な活動を、「威力業務妨害」「恐喝」などとでっち上げる強引な手法で、のべ数十人もの組合員を逮捕するという、許しがたい暴挙です。
これらはまさに安倍政権が目論む改憲内容の先取りというべきもので、いま、ここで、表現者や労働組合と市民がしっかり結び合って、この攻撃をはね返すことなくしては、一人ひとりの自由や権利の破壊がよりいっそう、進行していくことになるでしょう。
安倍政権のもとで、格差と貧困がますます拡大しています。そのことはとりわけ、女性や子ども、高齢者、障がい者、外国籍住民など、弱い立場に置かれた人びとを直撃し、大きな打撃を与えています。
また、安倍政権は、韓国敵視煽動や在日朝鮮人への差別的政策を推し進め、東アジアの非核・平和や友好関係醸成の努力に敵対的な振る舞いを続けています。さらに、沖縄・辺野古新基地建設強行を継続し、沖縄県民の民意と心情を踏みにじっています。そしてあらたに、アメリカの意を体して、中東への自衛隊派遣を行おうとしています。
憲法理念の中心をなす平和主義や地方自治、男女平等、生存権を一貫して軽んじる、こうした姿勢に対し、沖縄県民、そして東アジアの民衆とともに、「NO!」を突きつけましょう。
いま、安倍首相が公言していた2020年までの改憲は、日程上それ自体は困難になりつつありますが、今臨時国会中の改憲手続法(「国民投票法」)改正を策動するとともに、自民党の地方組織に号令をかけ、各地での改憲キャンペーンを展開しています。私たちとしても改憲発議阻止のとりくみを、これまでを超える熱量をもってすすめていかなくてはなりません。
私たちは11月9日から11日にかけ、北海道・函館の地で、56回目となる護憲大会を、「平和・自由・人権 すべての生命を尊重する社会を」をメインテーマとして掲げ、開催しました。開会総会、分科会、そして閉会総会をつうじて確認されたことは、安倍政権の行ってきた諸政策が、憲法の理念からかけはなれたものばかりだということです。
私たちは、憲法理念をないがしろにしてきたうえ、さらには明文改憲に手を付けようとする安倍政権を早急に退陣させるとともに、憲法理念に立ち戻り、そしてまたそれを実現させるために、全力を尽くさなければなりません。
今年7月の参議院選挙では、辛くも改憲勢力の3分の2割れを実現しましたが、近く予想される衆議院選挙では、改憲発議そのものを断念させる、大きな勝利を実現しなくてはなりません。そのためには、ひろく人びとの心をつかむような、市民と野党の共闘のありかたをつくりだしていく必要があります。全国各地での奮闘をあらためて誓いあいましょう。ともにがんばりましょう。
2019年11月11日
平和・自由・人権 すべての生命を尊重する社会を 憲法理念の実現をめざす第56回大会閉会総会
11月16日(日)午前10時より、志賀町文化ホールで「志賀原発を廃炉に!講演会」を開催しました。原告団が志賀町勤労協、さよなら!志賀原発ネットワークと共催したもので、志賀町や能登・金沢地区、県外を含め約130人が参加しました。
この後、約50名で旧高浜地内で約2000枚の「廃炉チラシ」をポスティングしました。
20191203「廃炉チラシ」11.16ポスティング 20191203「廃炉チラシ」11.16ポスティング (2)