生活保護を受給する権利を「なめんなよ!」

「なめんな」ジャンパー問題 小田原市に欠けていた視点 2017年01月22日 16時00分 NEWSポストセブン

「なめんな」ジャンパー問題 小田原市に欠けていた視点

ケースワーカーに黒いジャンパーは似合わない(写真:アフロ)

神奈川県小田原市生活保護を担当するケースワーカーの職員らが、「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着て生活保護家庭を訪問していたことがわかり、問題化した。フリーライター・神田憲行氏が考える。* * *
問題となったジャンパーは黒色で、胸にエンブレムとともに「HOGO NAMENNA(保護なめんな)」、背中に英文で「私たちは正義。不正を見つけたら追及する。私たちをだまして不正によって利益を得ようとするなら、彼らはくずだ」と記されていた(訳文は朝日新聞1月18日より)。

英文だから気付かれにくいと考えたのかも知れないが、エンブレムは「悪」の漢字に×印がつけてあるなど、かなり威圧的である。これで生活保護家庭を訪問していたという。彼らは「ゴーストバスターズ」ならぬ「不正受給バスターズ」気取りだったのではないか。ケースワーカーとは生活保護を求める人々の相談に乗り、自立を支援する仕事のはずだが。

ジャンパーを作ったのは07年、生活保護の支給を打ち切られた男性が市役所で暴れて職員たちを負傷させる事件がきっかけだった。どんな事件だったのか、当時の朝日新聞の記事をかいつまんで紹介する。

事件を起こしたのは無職の61歳の男性だ。市役所2階の窓口を訪れて、「生活保護を打ち切られた」「保護費を入れろ」と騒ぎ、応対した職員を杖で殴り、駆けつけた2人の職員にカッターナイフで切りつけた。杖で殴られた職員は軽い打撲、カッターナイフで切りつけられた職員は腹と手に軽いケガを負った。61歳の男性は傷害の疑いで現行犯逮捕されている。

生活保護が打ち切られたのは、この男性が最後に保護費を受け取ったあとに住所不定になり、受給要件を失ったためだ。市はこの男性に「住所がなくなると保護費の受給ができなくなる」と電話や面談で4回説明し、市でアパートを用意したが、指定の日に来ず連絡が取れなくなったという。それで生活保護費の廃止措置が取られた。

事件後、士気を高めるために当時の担当課長の発案でジャンパーを作るアイデアが出され、職員たちが自費で購入したという。デザインの意図は神奈川新聞の報道によると「自分たちの自尊心を高揚させ、疲労感や閉塞感を打破するための表現だった」という。

4回も説明してアパートまで用意したのに来ず、それで暴れてカッターで切りつけられるとは、市の職員の憤りは理解できる。しかしそれでもなお、このような士気の高め方は間違っている。また、このようなジャンパーを作成して着用して仕事に従事することは、自らの仕事を貶める行為だと考える。

そもそもこの男性は記事を読む限り、生活保護の不正受給を企む者というより、制度を理解していない、あるいは理解しようとせず暴力に訴えた粗暴犯である。このような人物が念頭にあるから「くず」という言葉が浮かんだのだろうが、たったひとりのおかしな人物と他の生活保護受給者を結びつける発想が理解できない。どこから来たのだろうか。

小田原市役所のHPでは生活保護についてこう説明している。

《生活保護の申請をされますと、銀行や郵便局、生命保険会社などに資産調査をさせていただくことになります》

《貴金属などあらゆる売却可能な資産は、売却して最低生活費に当てていただく場合があります》

《生活保護受給中は、原則的に自家用車の運転はできませんので処分を指導させていただくことがあります》

もし自分が困窮家庭が多いシングルマザーの女性だったとして、この文言を見てどう思うだろうか。子どもの学資保険も解約しなくはいけないのか、亡き夫の形見の指輪まで売り飛ばすことになるのか、子どもを病院につれていく車も失うことになるのか。「場合もあります」と例外があることもにおわせてはいるが、絶望の淵にいる人をさらに不安にさせる効果は大きいだろう。

研究者の試算によると、日本では生活保護制度を利用する権利のある人たちのうち、現に利用している人の率(捕捉率)は高めに見積もっても2割と言われている。8割の人が必要なのに利用できていない。一方で保護費総額のなかで不正受給額が占める割合は0.28%という(以上、日本弁護士連合会作成「知っていますか? 生活保護のこと」より)。

不正受給者を憎むあまり、本来は生活保護制度を利用してしかるべき人々を威嚇して遠ざけてしまうのは、角を矯めて牛を殺すことになりかねない。

この文言は「生活保護」というコーナーに4つある項目のひとつ「生活保護制度について」にある。実はこの「生活保護制度について」はこのコーナーのトップに掲げられていたのだが、ジャンパー問題発覚後、「自立生活サポートセンター・もやい」の専務理事などを務める稲葉剛氏がそのおかしさをツイッターで指摘後、1月18日にコーナーのいちばん最後に変更している。

つまりそれまでは生活保護の受給を考えた市民が最初に読むべきページとして、小田原市役所はこの文言を掲げていたのである。ジャンバーを着たケースワーカーたちの生活保護受給者、ないしは申請者を潜在的な不正受給者とみなす姿勢は、市役所全体の姿勢から来ているのではないか。

他にも稲葉氏の指摘で市役所はこのコーナーの文言を書き換えるなどしている(経緯は稲葉氏のブログを見てほしい)。だがこの記事を書いている1月20日現在、もっとも大切なことが書かれていない。

それは生活保護が憲法25条で保障された国民の人権である、ということである。

生活保護制度について、小田原市のHPはこう説明する。

《生活保護とは、自分の資産や能力、様々な他の制度を活用して努力しても生活が出来ないとき、国が一定の基準に基づいて最低生活の維持に不足する分を支え、やがては自分の力で生活していけるよう手助けをする制度です。》

比較で横浜市の生活保護についてのコーナーをのぞいてみると、トップページの冒頭に、目立つように太字でこのように書かれている。

《私たちは、だれでも人間として生きる権利(生存権)を持っています。日本国憲法第25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定め、この権利を具体的に実現するために作られたのが生活保護制度です。》

生活保護制度とは国の国民への「施し」や「お情け」ではなく、憲法で保障された人権を具現化するために作らねばならない制度なのであり、国民はその制度を利用する権利がある。小田原市にはその視点が決定的に欠けている。

憲法25条の生存権は、戦後焼け野原の中から立ち上がろうとする当時の日本人の願いが込められた条文である。

日本国憲法はGHQ案が「下書き」になっていることはよく知られているが、実はそこに25条の「健康で文化的な最低限度の生活」という文言はない。

この趣旨の文言を憲法改正草案として初めて盛り込んだのは、戦後すぐに立ち上がった民間団体「憲法研究会」だった。1945(昭和20)年12月に彼らが公表した「憲法草案要綱」にこうある。

《一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス》

この条文を付け加えることを提唱したのは、経済学者の森戸辰男であった。ドイツのワイマール憲法に由来する。

しかし1946(昭和21)年2月13日に日本政府に手渡されたGHQ案でも、帝国議会に提出されたときの日本政府案にも、「健康で文化的な最低限度の生活」という文言はない。憲法改正を具体的に議論する芦田均を委員長とする通称・芦田小委員会で、8月1日、この点が議論になった。

森戸辰男は、社会党代議士として小委員会のメンバーでもあった。そこで「健康で文化的な」という文言を付け加えるよう主張し、挿入されることになったのである。

この議論の前の5月19日、皇居前で25万人が集結する「食糧メーデー」が開かれていた。食糧不足が日本を覆い、餓死者が出ていた時代である。そこで「日本国民は健康的で文化的な最低限度の権利を有する」とは、なんと心強い言葉だっただろうか。

日本国憲法が施行されて、最初に憲法25条の法的性格を分析したのは偉大な民法学者の我妻栄である。我妻は25条を「生存権的基本権」と呼び、

《現実の社会において、かかる利益を享受し得ない者に対して、国家が現実にこれを与えることに努力すべき積極的な責務を負託したのだと解さねばならない》

とした。生活保護制度が救貧政策による国家の「施し」ではなく、「国の責務」と明確にしたのである。

ケースワーカーとは本来的に生活困窮者の相談に乗り、自立を支援する仕事である。不安と絶望にある人々を勇気づけ、戦後この国が掲げた理想を受け継く立場だ。私が語ることは現実を見ない理想論だと思われるかもしれないが、憲法25条ができたときの方が現実はもっと悲惨である。目の前の現実が悲惨であればあるほど、理想と希望を人々は必要とする。小田原市のケースワーカーさん、いや全国のケースワーカーさん、あなたたちの仕事は人々に希望を届ける誇りある仕事なのだ。真っ黒いジャンパーなど、あなたたちには似合わない。

Share on Facebook0Share on Google+0Tweet about this on Twitter
カテゴリー: トピックス, 人権, 住民の暮らしに直結する課題, 全国・中央・北信越 パーマリンク

コメントは停止中です。