2018.2自民党改憲素案「たたき台」の中の「緊急事態条項 新設」の危険性(2018.2)

「緊急事態条項の新設」の危険性

<ステルス作戦実行中>

安倍首相は、憲法9条を初めとした改悪を成し遂げるため、「緊急事態条項の新設」については「ステルス作戦」を実行している。憲法9条に衆目の関心を引き寄せ、事実、多くの労組、民主勢力は「9条改悪阻止」に全力を投入している。しかし、「緊急事態条項 新設」の危険性は焦点化されていない。・・・・・・・・・・・・・永井幸寿弁護士

改憲発議が迫っている!(2018年臨時国会か2019年通常国会か)

10月24日に臨時国会が召集され、安倍総理は所信表明演説において、憲法改定について「憲法審査会で政党が具体的な改正案を示すことで、国民の理解を深める努力を重ねていく」と述べ「国会議員の責任を果たそう」と呼びかけるなど、自民党案をもとにした今国会での改憲論議とその発議に強い執念を見せた。

ほとんどのメディア、知識人、野党も、改憲発議が目前に迫っていること、しかもその中に民主主義を瞬殺してファシズムを一夜にして実現することができる緊急事態条項が含まれていることに対して、呆れるくらいに警戒心が足りない。本来なら最大限の警戒、抗議、反対、自民案の撤回と破棄を求める発言と行動がおこなわれてしかるべきだ。

さかのぼること今から7か月前、2018年3月25日、自民党大会において、9条への自衛隊明記」、「緊急事態条項創設」、「参院選『合区』解消」、「教育の充実」4項目からなる「改憲たたき台素案」が条文の形で発表された。

前年の2017年5月3日の憲法記念日に、改憲派の集会に送ったビデオメッセージの中で、安倍総理が「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と発言して以来、党内の改憲への動きは一気に加速。同年2017年12月20日には、自民党憲法改正推進本部が「憲法改正に関する論点取りまとめ」として、この「改憲4項目」を掲げていた。

安倍総理の設定した「2020年施行」に向けて、早ければこの臨時国会中に、いよいよ改憲の国会発議に踏み切るつもりと思われる。

法整備で十分対応可能なはずのダミー項目であることは丸見えの「参院選『合区』解消」と「教育の充実」についてはさておき、改憲に反対する人々の関心は、いつものように「9条への自衛隊明記」に集まった。実際、9条が改悪されれば、集団的自衛権を際限なく認めることにつながりかねない危険な憲法改悪となり、何より安倍総理がそればかりを口にしてきたのであるから、世の注目を集めるのは当然といえる。

※国民投票に持ち込んだ場合の自民党の最大の売り!「参院選『合区』解消」「教育の充実」

ところが、大災害や外国武力攻撃などの「緊急事態」を名目に内閣に強大な権力を付与するものとして、激しい非難を巻き起こしていた「緊急事態条項創設」については、今回もまた、なぜか話題にも上らない。今年の憲法記念日ですら、どこの集会でもメインに取り上げなかった。野党もマスメディアも、労組も、知識人も、一般の市民も、反応がきわめて鈍い。

考えられる理由は、一つある。「緊急事態条項」新案は、2012年に発表された自民党憲法改正草案のあの居丈高なトーンとは打って変わって、一見すると大変「おとなしい」文面に変わっており、警戒心が解かれてしまったのではないか。

「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱」「法律と同一の効力を有する政令」「(国の指示に)何人も従わなければならない」「(地方自治体に内閣は)指示できる」といった、戦争やナチ独裁を彷彿させるあの強権的な文言は条文案の表面上から消え去り、かわって「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」といたって簡潔にまとめられている。言葉遣いも平易である。猛々しさは伝わりにくい。

そのうえ、旧案では緊急事態条項専用に「98条・99条」を新設し、憲法の一大要素のように位置づけていたものを、このたびは、内閣の事務を定める73条と国会の章の末尾にあたる64条という離れた二つの条文の、それも各々の追加項目として添えるという、ちょっとした微修正のようにも見えるのである。そして、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」であるから自然災害時と理解している方も大勢いるかもしれません。

この「改憲4項目」を目にした人の中には、「危険性はひとまず取り去られた」と安堵する人も少なくなかったであろう。そうした人々は、こう思ったかもしれない。「安倍自民党が国民の非難の声に珍しく耳を傾け、独裁を可能にするような条文の書き込みを諦めたのかもしれない、ひとまずは放っておいていいだろう」と。

だが、国民を安心させるその柔らかい文面も、永井幸寿弁護士の目は誤魔化せはしなかった。永井弁護士は災害問題のエキスパートで、自らも阪神・淡路大震災の被災者として災害の現場を熟知している。最も早くからこの条項の危険性に警鐘を鳴らしてきた人物である。

【緊急事態条項】

第73条の2

(第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

(第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)

第64条の2

大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

(※国会の章の末尾に特例規定として追加)

 

【その問題性】

【1 国家緊急権】

緊急事態条項とは「国家緊急権」を憲法に創設する条項と一応は定義できる。

国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌ないし大規模な自然災害など、平時の統治機構を持ってしては対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置を執る権限を言う。つまり、非常事態において、国家のために、憲法の定める人権保障権力分立を停止する制度である。

人権とは、人が自立的な個人として、自由と生存を確保し、尊厳を持って生きるために不可欠な基本的権利を指す。

権力分立とは、権力に対する懐疑にある。天使ならいざ知らず、人は何どきも権力を獲得したがり濫用する性向をもつ。したがって、権力分立は人間の本性への深い反省と権力に対するリアルな認識から、血みどろの闘いの末、獲得したもの。

これに対し、立憲的な憲法秩序を(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置を執る権限であることから、その危険性はきわめて高い。

【2 政令の効力】

「政令」とは内閣が制定する命令であるが、「唯一の立法機関」である国会の立法からすれば例外的な権限である。それゆえ、内閣の発する政令は立法権そのものを行使する、簒奪することは許されず、国会の定める法律の細則を定めるか、個別具体の委任基づく政令しか許されていない。

しかし、憲法を改正してまで創設しようとしているこの「政令」は、内閣に法律に代わる命令の制定権を認めようとするものであり、立法権そのものの行使、簒奪と言わなければならず、法律と同じ効力を有するものと解すべきである。

【3 手続きの欠如】

2012年の自民党改憲草案にあった「緊急事態の宣言の事前又は事後に国会の承認」を必要とし、また、「国会の決議や内閣の認定による宣言解除の手続き」があった。しかし、2018年の改憲素案たたき台には、緊急事態宣言発動の手続きがなくなり、これに対する国会の統制も存在しなくなった。

つまり、内閣の閣議決定だけで国民の知らない間に「緊急事態宣言」が発動でき、しかも国民が知らない間、ずっとそれを維持できるのである。

  ※「いつでも独裁、いつまでも独裁!」

【4 広すぎる要件】

国家緊急権発動の要件は、「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがない」と内閣が認定したときである。

本来、法律の制定権は主権者たる国民の代表である国会にあるので、国家緊急権発動の要件は国会が機能していない特別な場合に限られるはずである。たとえば、災害対策基本法の「緊急政令」の発動要件は、国会閉会中や衆議院解散中で、臨時国会の召集や参議院の緊急集会の請求ができないときに限定されている。旧憲法の「緊急勅令」でさえ議会閉会中という限定があった。自民党改憲素案たたき台にはこのような限定がなく、国会が会期中であっても国会を無視して「政令」をつくることができるのである。

また、要件の認定権者は国会ではなく、内閣、すなわち政府である。たとえば「災害により」「国会による法律の制定を待ついとまがない」と政府が認定すれば制定できるのである。

【5 災害とは、武力攻撃事態への適用】

さらに、国家緊急権が発動できる場合は、「自然災害」ではなく「災害」とされている。

災害対策基本法は「災害」とは、「暴風、竜巻、・・、地震、津波、・・その他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発・・政令で定める原因により生ずる被害」と定められており、同施行令は「政令で定める原因」として「放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他・・」と定めており、「災害」には自然現象のみでなく人為的な事故も含んでいる。そして、国民保護法では「武力攻撃災害」、すなわち「武力攻撃により直接又は間接に生じる人の死亡又は負傷、火事、爆発、放射性物質の放出そのたの人的又は物的災害」として、「戦争も災害」として認定している

したがって、「緊急事態条項」は武力攻撃事態があった場合にも「災害」として政令を制定することが可能である。

※腐敗した政府を倒そうと決起した市民・民衆や労働条件の改善を求めた労組の決起にも「災害」として対処することができるきわめて危険な条項である。

【6 期間制限がないこと】

国家緊急権には発動期間の限定がない。権力の濫用を防ぐために厳格な期間の制限が必要である。2012年改憲草案でさえ「100日を超えて緊急事態宣言を継続するときは国会の承認」を必要とした。

【7 事項の限定がないこと】

政令を制定することができる事項について限定がほとんどない。

「国民の声明、身体及び財産を保護するため」であればどのような政令も制定できる。たとえば、安保法制を政令で改定して集団的自衛権を強化することや、テロ対策のために共謀罪を改定して厳罰化することも可能となる。もっとも制限される可能性が高いのが政府監視機能を持つ報道機関の報道の自由や通信の秘密である。罰則付きの制限立法(政令)によって報道機関が著しく萎縮し、国民の知る権利が制限され民主主義の根幹が脅かされる。

【8 国会が不承認でも効力が失われない】

内閣は政令を制定後、「速やかに国会の承認を求めなければならない」と定めるが、国会が承認しなかった場合には政令が効力を失うと定めてはいない。旧憲法の「緊急勅令」でさえ、議会の承認がないと将来に向って効力を失うと定めていた。

このことは、内閣による権力濫用の危険性がより高まり、緊急事態条項は「政府独裁条項」とも言うべきものであると言える。

【9 立法事実の不存在】

災害には災害対策の原則がある。「準備していないことはできない」のである。

国家緊急権は災害が発生した後に、泥縄式に権力を集中させる制度と言っていいが、災害発生後にどのような強力な権力を集中しても災害に対応することはできないのである。

災害に関する法律は既に十分に整備されている。(物価や生活必需品などの4項目に限り罰則付きの政令(緊急勅令)の制定権、ただし国会の承認が無ければ効力を失う)

東日本大震災後、2015年アンケートで「国と地方の役割分担」を問えば、「原則として国が主導して市町村が補助する」と回答したのはわずか4%、「原則として市町村が主導して国は後方支援するべき」とした92%を見れば答えは明らかである。つまり「権力集中」とは真逆の結果である。

災害時、最も効果的に対応できるのは国ではなく、被災者に最も近い市町村なのです。

熊本地震では、2016年4月14日の前震で安倍首相は、屋外の避難者を「屋内退避」させるよう指示したが、益城町総合体育館の職員は天井落下を危惧して屋内に入れなかった。そして4月16日の本震で同体育館の天井が総て落下した。館内に住民が避難していれば確実に多数の死傷者が出ていたはずである。

【10 国会や裁判所が統制するという幻想】

国家緊急権を肯定し必要だとする人たちの中には、国会や裁判所が政府を統制するのだから濫用は抑止できるという。しかし、議院内閣制をとる日本は、国会の多数派が内閣を形成するので国会は政府を有効に統制できない。また、裁判所は「統治行為論」をとっており、高度に政治性のある行為には司法審査権は及ばないという説が多数なのです。

したがって、三権分立のなかで二権が政府を統制するということはありえない。

【任期延長】 

  略

【任期無期限の危険性】 

  略

【任期延長の要件】 

  略

【立法事実がない】 

  略

 

自民党の「改憲素案 四項目」(たたき台)全文

【緊急事態条項】

  略

【参院選「合区」解消】

現行憲法で定める「投票価値の平等」と別に、衆参両院の選挙区と定数は「地域的な一体性」などを「総合的に勘案」して定めると規定。特に参院選について「改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる」と明記した。「合区」解消と都道府県単位の選挙制度の維持を図る。

第47条

両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。

前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。

第92条

地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。

【教育の充実】

経済事情に関係なく質の高い教育を受けられるよう、26条に国の努力義務規定を盛り込んだ。日本維新の会が求める幼児教育から大学までの教育無償化は見送った。89条も改め私学助成の合憲性を明確にした。

第26条

(第1、2項は現行のまま)

(第3項)国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。

第89条

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

9条改正

第9条の2

(第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

(第2項)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

(※第9条全体を維持した上で、その次に追加)

 

 

 

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