平和フォーラムより 2023年度防衛予算大幅増額の内容は―「有識者会議」の驚くべき議論 木元茂夫

「有識者会議」はいったい何を考えているのか

9月30日、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の第1回会合が開催された。10人の委員の中から、外務省出身で駐米大使も務めた佐々江賢一郎(現在は日本国際問題研究所理事長)が座長に選出された。この会議についての内閣総理大臣決済の文書(9月22日付)は、「自衛隊と民間との共同事業、研究開発、国際的な人道活動等、実質的に我が国の防衛力に資する政府の取り組みを整理し、これらも含めた総合的な防衛体制の強化について、検討する必要がある」とし、首相官邸ホームページには「有識者の皆様には、年末に向けて、さらに議論を進め、取りまとめを行っていただきます」とある。この会議は年末に予定されている3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)改訂の前段作業と位置付けられているようだ。内閣官房が公開した議事要旨(注1)には、驚くべき意見が並ぶ。
「防衛産業の育成も重要。日本は武器を輸出することを制約してきた。この制約をできる限り取り除いいて、民間企業が防衛分野に積極的に投資するような環境をつくることが必要」「リアルな実戦・継戦防衛力があってこそ、リアルな対処力と抑止力も期待できる。リアルな実戦・継戦防衛力の要は、自衛隊に常設統合司令部と常設統合司令官を設置することである」「防衛に関連する分野は多岐に渡る。多額の予算を付けている公共投資も安全保障を目的にもっと活用すべき。台湾有事の際も、拠点となる南西諸島の空港や港湾などの既存インフラは安全保障上の資産になり得る。有事を見越した備えを平時から政府全体で取り組むことを、この会議で示していくべき」「自衛隊が強くなければ国を守れないという点に関しては、自衛隊をどこまで強くしなければならないかを示す必要。台湾有事において、国と国民をきちんと守れる防衛力をつくる必要があるということを、国民に明らかにすべき。そのための道筋、あるいはそれに向かって国民の負担をどうすべきか、年末の三文書の見直しに向けて国民に説明することが大事」防衛予算の検討にとどまらず、日本経済全体を軍事力増強の方向にもっていこうとする議論が続いたようだ。

しかし、それはあまりに一面的で、身勝手な議論ではないか。日本の置かれた根本的な弱さが検討されていない。資源がないこと、世界の国々と貿易をして経済が存立していることである。洋上での軍事衝突のあおりで日本の船舶が沈んだ場合の経済的影響、たとえば船舶保険料の高騰にどう対応するか、そんな当然検討すべきことがまったく議論されていない。
そして、「外交」という言葉は誰からも語られていない。会議の最後に林外務大臣が、「防衛力が強化されると、外交も力強い展開がさらに可能になる」が発言したのみである。しかし、果たしてそうか。この「有識者会議」の開催に呼応するかのように10月15日、インドに護衛艦用の通信アンテナを輸出する計画が調整段階にあることが各紙で報道された。

2023年度防衛予算概算要求-長距離攻撃兵器の保有へ

8月31日、防衛省は2023年度概算要求を発表した。総額が5兆5947億円プラス事項要求となった。事項要求を除いて考えれば、22年度の5兆1788億円の1.1%増である。しかし、23年度の場合、現時点での比較には意味がない。例年、「我が国の防衛と予算」というパンフレットが防衛省HPの予算関連のページにアップされるが、今年は異例ずくめの形式となった。22年度版は本文56ページであったが、23年度版は38ページという薄っぺらいものになった(注2)。
昨年までは要求数量と要求金額が明記されていた。わかりやすい例をあげると、ステルス戦闘機F-35Bの要求が、22年度は4機で510億円となっていたが、23年度は6機と機数が表示されているだけである。今回はすべての要求項目について金額を明示していないため、9月2日の浜田防衛相の記者会見では質問が続出した。「いわゆる金額を示さない事項要求というものが合計約100個ですか、これを合計しますと、6兆円はおろか7兆円あるいはそれ以上になる可能性も」と指摘され、「一般的な国民の理解がえられるのか」と迫られたが、浜田防衛大臣は「3文書等の策定もありますので、そういったことも含めて議論していく」と答えるにとどまった。有識者会議の報告→3文書改訂→23年度予算案の決定という流れを、形式的に踏みたいだけではないのか。
防衛省は「事項要求の主要な柱」として、①~⑦までの柱を立てている。それぞれについて簡単な解説をし、9月14日に福島みずほ議員にお願いして、防衛省の係官から聞いた各項目の要求額を紹介していきたい。

①スタンドオフ防衛能力

「隊員の安全を可能な限り確保する観点から、相手の脅威圏外から出来るだけ遠方において阻止する能力を高め、抑止力を強化することが重要」
「スタンド・オフ・ミサイルの早期装備化及び運用能力の向上が必要」
●解説 スタンド・オフ・ミサイルとは、相手国のミサイルの射程距離範囲外から攻撃できるミサイル、つまり長距離攻撃兵器のことだ。
12式地対艦誘導弾能力向上型の地上発射型について「早期部隊配備のため量産を開始」と明記された。要求額は272億円。これは現在の約200kmから1000~1500kmに延伸する開発が進んでいたが、量産に踏み切ろうとしている。ちなみに、佐世保から中国の武漢までが約1,484kmである。
島嶼防衛用高速滑空弾も「量産を開始」と明記。要求額は166億円プラス事項要求。つまり、年末の本予算の編成で増額される可能性があるということだ。「高速滑空弾」とは音速を超える速度でグライダーのように 滑空し、複雑なコースを低空で飛翔するミサイルのこと。射程距離は明らかにされていない。
「島嶼防衛用新対艦誘導弾の研究」に450億円を要求。防衛省は長射程化、ステルス性の向上、高機動化を踏まえ、「モジュール化による多機能性を有した誘導弾を試作」としている。つまり、システム全体を更新し なくても、部分的なシステム更新で機能増強を図れるようにする。早くも、12式とは別のタイプの長距離ミサイルの試作を始めるということだ。

② 総合ミサイル防空能力

「各種ミサイルや航空機等の多様化・複雑化する経空脅威に適切に対処することが重要」
「探知・追尾能力の向上や、ネットワーク化による効率的対処の実現、迎撃能力の強化が必要」
●解説 航空自衛隊の固定式レーダーの更新、
沖縄・与座岳などに配備されている大型のFPS-5レーダー(いわゆるガメラレーダー)、宮古島のFPS—7レーダーの能力向上を明記。
22年度予算に202億円を計上したSM-6ミサイルについて、追加購入するための要求。金額は明らかにしていない。SM-6は米レイセオン社製造の対空、対艦ミサイルで、射程距離は従来のSM-2の2倍の約340km。22年6月の米軍統合演習バリアント・シールドでは、SM-6を使用して退役した艦艇を実際に攻撃する訓練が実施されている。米海軍の導入に合わせ、海上自衛隊も同じミサイルを導入するようだ。
イージスシステム搭載艦。基準排水量22,000トン、全長210メートル、幅40メートル
「まや」型イージス艦は、 基準排水量 8,200トン、全長170メートル、幅21メートル
ヘリ空母「いずも」でも、 基準排水量19,500トン、全長248メートル、幅38メートル
22,000トンという重さの大半は、イージス・アショア用に契約したロッキードマーチン社のSPY-7を搭載するため、その出力をまかなうための巨大な発電機の重量であろう。さらに、弾道ミサイルを大気圏外で迎撃するSM-3ブロックⅡA、SM-6、12式地対艦誘導弾能力向上型と3種類のミサイルを搭載するという。何発ずつ搭載するかは明らかにされていないが、その重量も相当なものであろう。  一番の問題はその建造費。防衛省の係官からの聞き取りで、「一隻あたり2400億円という報道もあるが」と確認したところ、「そんな金額は出していません」という回答だった。「まや」型イージス艦の2番艦「はぐろ」でも建造費は約1,700億円であるが、そんな金額ではすみそうもない。
9月2日の記者会見で浜田防衛相は、「将来的に極超音速滑空兵器にも対応できる拡張性等を有した大型艦艇とする方向で検討を行うとした」「既存イージス艦8隻がBMD任務に専従しなければならない状態を早期に解消し、南西方面での洋上侵攻阻止能力を強化することは重要な課題」と建造のねらいを語っている。しかし、こんな巨艦は速力が制限され、ミサイルを多数搭載すれば、格好の標的になることは確実ではないだろうか。

③ 無人アセット防衛能力、

「無人アセットは革新的なゲームチェンジャーであるとともに、人的損耗を局限しつつ、空中・水上・海中等で非対称的に優勢を獲得可能。長期連続運用などの各種制約を克服して、隙のない警戒監視態勢などを構築することが重要」
「航空機、艦艇、車両の各分野における無人アセットの早期取得・運用開始が必要」
●解説 昨年あたりからゲームチェンジャーという言葉が使われるようになった。防衛省は戦局を転換させる重要兵器という意味で使っているようだ。無人機雷排除システムの整備に19億円プラス事項要求としている。中国との軍事的対立が深まった時に、機雷の敷設、掃海という任務が増加することを想定した装備である。

④ 領域横断作戦能力

「陸海空領域に加え、宇宙(衛星の活用による情報収集機能の強化等)、サイバー(セキュリティ対策の強化、サイバー要員の育成等)、電磁波(電子戦能力、電磁波管理機能の強化)などの組み合わせにより非対称的に優勢を確保していくため、抜本的な能力強化が必要」
●解説 宇宙領域を活用した情報収集能力等の強化に係る研究実証に191億円。陸上自衛隊の全システムの防護、監視、制御等を一元的に行うシステムに166億円。電子戦能力の強化として、ステルス戦闘機F-35A、F-35Bを各6機、635億円と848億円、F-15戦闘機の能力向上20機に1311億円。この3機種はすべてプラス事項要求となっており、調達機数が増える可能性あり。

⑤ 指揮統制・情報関連機能、

「わが国周辺における軍事動向等を常時継続的に情報収集するとともに、ウクライナ侵略でも見られたような認知領域を含む情報戦等にも対応できるよう情報機能を抜本的に強化し、隙のない情報収集態勢を構築する必要」
「迅速・確実な指揮統制を行うためには、抗たん性のあるネットワークにより、リアルタイムに情報共有を行う能力が必要」
「こうした分野におけるAIの導入・拡大を推進」
●解説 自衛隊の中央指揮システムの換装に75億円。AIを活用した意思決定迅速化に関する研究を事項要求、情報収集・分析体制の強化のために要員を増やすとしている。

⑥ 機動展開能力

「我が国の地理的特性を踏まえると、部隊を迅速に機動展開できる能力を構築するとともに、それを可能にする基盤の整備が必要」
「輸送船舶、輸送機、輸送ヘリコプター等の各種輸送アセットの取得等による輸送力の強化」が必要。
●解説 航空自衛隊のC-2輸送機1機に256億円。20トンの物資を搭載して7600キロメートルを航行できる。すでに17機を配備しており、航空輸送力は増強済。「南西地域における輸送・補給基盤整備」と「大規模港湾がない島嶼部における揚陸支援システムの研究」を事項要求としている。

⑦ 持続性・強靭性

「自衛隊の運用を円滑にするため、弾薬・燃料の確保、可動数の向上(部品不足の解消)、施設の強靭化(施設の項抗たん性の向上等)、運用基盤の強化(製造態勢の強化、火薬庫の確保等)等を図ることが重要
●解説 各種弾薬の確保に1943億円を要求。火薬庫の確保に18億円プラス事項要求、さらに「弾薬の製造態勢等の確保」を事項要求としている。これは民間企業の生産設備の増強を支援することだろうか。自衛隊施設の抗たん性の向上(「主要司令部の地下化、戦闘機用の分散パッド、電磁パルス攻撃対策等」)に578億円プラス事項要求。

こうして概観してみると、長距離攻撃ミサイルを、地上にも、艦艇にも、航空機にも配備し、火薬庫を増設し、弾薬もこれまで以上に備蓄する、ステルス戦闘機を搭載した空母2隻と巨大なイージスシステム搭載艦をもち、攻撃を受けても耐えられるように防御を固めた基地を持つ、そんな日本の姿が見えてくる。そんな姿にはなりたくない。平和外交を何よりも重視する日本でありたい。
日本の防衛費が大幅に増額されれば、中国も、韓国も、朝鮮(DPRK)も、対抗措置をとってくるだろう。東アジアにおける軍拡競争をさらに激化させ、日本がとりうるはずの外交的選択肢をせばめずにはおかないだろう。

注:
1.内閣官房https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/index.html
2.防衛省https://www.mod.go.jp/j/yosan/yosan_gaiyo/index.html

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