フクシマ原発事故10周年に際し ~10年前の被曝現地の小中高生の声~

当時13歳(中学生)M君 「本当の平和とは」   ◇  福島民報より  ◇

    平和とは、戦争や紛争がなく、世の中が穏やかな状態にあること、心配やもめ事がなく穏やかであること、と辞書には書かれてある。私は戦争を経験したことはないけれど、九十五歳のひいじいちゃんは戦争を経験しているので、歴史が好きな私は今まで何度か話を聞かせてもらった。涙を浮かべて話してくれるひいじいちゃんの様子から、私が話を聞いて想像する以上に悲しく、つらく、苦しいことがあったのだということが伝わってきた。昨年、東日本大震災があり、ひいじいちゃんは原発事故の影響で避難した。自宅には帰られず、今は仮設住宅で暮らしている。ひいじいちゃんはもともと、とても元気だったけれど、少しずつ元気がなくなってきているのが会いに行くたびに分かった。戦争と同じくらいに、心がとてもつらいんだと思った。平和とは戦争がないことだけでなく、今まで当たり前にしてきた穏やかな暮らしそのもとだと思った。一日も早く、その日が来てほしい。

当時11歳  S君(伊達市)「悲しい気持ち」

    福島第一原発が爆発してとんできた放射性物質。放射性物質のせいで、外での活動が禁止になってしまった。外の活動が禁止だから小学校生活最後の水泳大会や運動会、こてきパレードなどの楽しい行事も全てなくなってしまった。さらに暑いのに窓も開けられない。こんな厳しい生活をしているのに原発の方は何をしているのだろうか。屋内でも遊びはできるという意見もでてくると思うが、そうではない。ぼくや他の人たちはみんな外で遊びたいと思っているはずだ。一年生は、一回も学校の外で遊んでいない。そういう悲しい気持ちを分かってくれないのか。原発は何十年も使っているのに、なぜ止めなかったのだろうか。原発はもう全て止めていてほしい。そして二度と原発をつくらないでほしい。

当時18歳  H君(福島市) 「放射能対策、政府は急いで」

   東日本大震災から四カ月がたちましたが、福島県民はいまだに放射線という不安の中で生きています。高校生の私たちは、将来への影響が心配で仕方がありません。通学でも部活でも多くの放射線を浴びて、本当に大丈夫なのか。一年後、五年後、十年後、本当に大丈夫なのか。政府の曖昧な説明では、それすら分かりません。高校生の私がこんなに不安なのです。小さな子どもたちはどれほど苦しんでいるのでしょうか。テレビで、赤ん坊を抱いた母親が避難を決意して泣いているのを見ると、胸が痛みます。暑い中、長袖を着てマスクをした小学生を見ると、放射線の恐ろしさを思い知ります。私は小さな子どもたちは早く避難すべきだと思っています。でもさまざまな事情で避難をためらうのも分かります。政府は何をしているのでしょうか。将来後悔する親子が出ないように、放射線を減らす工夫、避難の援助をすべきです。

 

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