2017年03月15日 (水)
清永 聡 解説委員
- 令状がないまま容疑者の車にGPS端末を取り付ける捜査に、最高裁判所大法廷は「違法だ」という判断を示し、新たな法律を整備するよう求める判決を言い渡しました。
●個人情報を収集する技術が急速に進む中で、捜査と人権をどう両立させるか。最高裁大法廷の判断が持つ意味を考えます。
【解説のポイント】
解説のポイントです。
●GPS端末を使って居場所を確認する捜査。どのように行われていたのでしょうか。
●こうした捜査を「違法」だと判断した大法廷の判決と、「令状主義」について。
●最後に司法によるチェック機能のあるべき姿を考えます。
【事件のGPS捜査と裁判】
●今回裁判で争われたのは、大阪や九州で発生していた窃盗事件でした。大阪府警は、裁判所の令状を取らずに、被告などの車やオートバイ19台に密かにGPS端末を取り付け、居場所を把握していました。期間は長いもので3か月、位置情報の検索は1200回に及びました。
●争われたのは、GPS端末を捜査に使うなということではありません。猛スピードで走行する捜査対象の車を無理に追いかければ事故の危険もあり、安全に居場所を把握できる手法としては有効だとする考え方もあります。
●裁判で議論になったのは、その際に裁判所の令状を取るべきか、警察だけの判断でできる令状が不要な捜査かということでした。
●被告の弁護士は「24時間居場所が特定される」「日常生活や交友関係まで把握されるのは深刻なプライバシーの侵害だ」などと主張していました。これに対して検察は「いわば尾行の補助的な手段だ」「プライバシー侵害の程度は小さい」などと反論していました。
●1審は「重大な違法があった」と判断し、2審は逆に「重大な違法ではない」と正反対の判断になりました。同じような裁判は全国で起こされ、各地で判断が分かれてきました。
【大法廷の判断は】
●最高裁判所大法廷の寺田逸郎裁判長は判決で、令状がないままGPS端末を使った捜査を行うことを「違法」だとする初めての判断を示しました。最高裁大法廷が警察の捜査を違法だと判断したのは異例です。
●この判決には2つポイントがあります。1つは、「個人の行動を継続して網羅的に把握する捜査手法はプライバシーを侵害し、憲法が保障する重要な権利も侵害する」と指摘したことです。さらにもう1つは「GPS端末を使った捜査が今後も広く使われるのであれば法律を作ることが望ましい」と新たな立法を求めた点です。
●判決を受けて警察庁はGPS端末を使った捜査を今後控えるよう、全国の警察本部に指示する通達を出しました。判決によってGPSによる捜査はストップすることになりました。
【大法廷が取り上げた「令状主義」】
●最高裁判所の中でも大法廷が開かれるのは年数回。憲法違反かどうかや極めて重大なケースの場合などに限られます。窃盗事件の捜査手法をめぐってなぜ大法廷が開かれたのかと疑問に思う人もいるかもしれません。
●これは「令状主義」という憲法に関わる内容が含まれたことが、理由の1つと見られます。令状主義は捜査機関による肉体的、精神的な自由に制限を加える強制処分は、裁判所が判断した令状が必要だという考え方です。司法が中立的な立場でチェックすることで、乱用に歯止めをかけ、基本的な人権を保護するという意味があり、憲法にも記されています。
【進む技術と令状主義】
●今、個人を識別する技術は急速に進んでいます。特に携帯電話やスマートフォン、タブレット端末は、いわば個人情報の塊です。
●携帯電話などには、GPS機能が搭載され、端末の位置を把握できるものも多くあります。また、通話を傍受し、メールやSNSをのぞき見れば、その人の考え方、趣味、交友関係、宗教など、あらゆる個人情報が丸裸にされてしまいます。
●こうした情報も捜査ではすでに使われています。ただし、その際にも令状主義は前提になっていて、対象によってはさらにルールが設けられています。
●このうち、捜査機関が携帯電話の位置情報を知りたいときは、令状を取ることがすでにガイドラインで定められています。
●また、通話などはプライバシー侵害の程度が大きいため、「通信傍受法」でさらにルールが定められています。令状を取ることに加え、対象になる犯罪を限定し、毎年、実施状況を国会に報告することなどが決められています。それでもこの法律は、去年対象となる犯罪の数が増えたため、プライバシーの侵害を懸念する声が少なくありません。
●今回最高裁が求めた、GPS端末の捜査についての法律の整備も、裁判官だけでは、チェックが不十分になる恐れがあると判断したためで、今後は、行きすぎた情報の取得にならないよう、ルール作りを急ぐ必要があります。
【司法のチェック機能は】
●最後に、令状主義について指摘しなければならない点があります。それは裁判所が、どこまでチェック機能を果たしているのかということです。
●GPSの捜査などで用いられる検証許可状、それに捜索、差し押さえなどといった令状を求められた件数は、去年1年間に全国で24万7千件近くあります。
●これに対し裁判所が認めずに却下した件数は48件でした。単純に割合を計算すると0.02%になります。
●個別の事件ではそれぞれ事情があり、件数ですべてを評価することはできません。また、このほかにも、捜査側が自ら取り下げたケースが5600件ほどあります。この2つを足したとしても、2.3%です。
●どこまでチェック機能を果たしているか、疑問も残ります。
●私は今回の判決が、最高裁から令状を出す全国の裁判官に対して、チェック機能と「人権の擁護」いう司法の役割を、もっと自覚するよう促す意味もあると考えます。
●今回の判決でも3人の裁判官が補足意見を述べ、「今後、法律ができるまでの間、GPS捜査に対して令状を出すことがあるとしても、判決の内容も十分配慮した上で、慎重に判断をしてほしい」と求めています。
●もし、裁判官が捜査当局に言われるまま、求められるままに令状を出してしまえば、憲法の令状主義も、今回の判決も、骨抜きになってしまいかねません。
【捜査と人権の両立を】
●テロなど、組織的な犯罪を防止することは、今後、ますます重要になってくると言われています。一方で、こうした新たな技術を、捜査対象の「監視を強める」ために使うこともありえます。それだけに、国民の安全を確保する一方で、乱用を防ぐチェック機能は欠かせません。
●今回の最高裁の判決は、どれだけ技術が進歩しても変わらない、捜査による「公共の福祉」と「基本的な人権」を両立させることの大切さを示したのではないでしょうか。