陸海空自、サイバーで縦割り壊す。
サイバー攻撃は戦争だ! (2019/7/9 2:00更新)
第5の戦場――。サイバー空間は宇宙と並び、安全保障における新たな重要領域だ。サイバー空間で優位を奪われれば陸海空の戦力は無力になる。新たな空間への対応は日本の防衛にとって必須の課題だが、自衛隊にとっては1954年の発足以来続いてきた強固な「縦割り組織」をどう崩すかという別の難題でもある。
「陸自は人が多くていいよな」「海自が言うことを聞いてくれない」「空自が突然こんなこと言ってきた」――。陸海空の隊員が互いに不満を漏らし合う光景は、防衛省本省がある東京・市谷では日常茶飯事だ。
■「縦割り」表す四字熟語
誰が言い出したか、自衛隊の組織の特徴を捉えた四字熟語がある。陸自は「用意周到、動脈硬化」。海自は「伝統墨守、唯我独尊」。空自は「勇猛果敢、支離滅裂」だ。
簡単に解説すると、こんな意味だ。陸自は全体の6割を占める巨大組織。書類などの準備は入念だが、動きは鈍い。海自は旧海軍の人員を引き継いで発足した。伝統を重んじる気風が強い。それだけに他の組織とのあつれきを生むこともある。空自は戦闘機のパイロットが組織の中核を担う。パイロットは臨機応変な対応がモノを言う。スピード感はあるが、他の組織からみれば筋道が立っていない部分もある。
強固な縦割り組織は各国の軍隊でもよくみられる。これまでは「縦割り」がそれほど問題視されることはあまりなかった。在外日本大使館に駐在する陸海空の武官などをのぞくと、通常は互いが混じり合って働くことはほとんどないためだ。安全保障環境は激変し、従来の組織の枠組みでは対応しきれない事態も出てきた。代表例が陸海空の混成部隊として2014年3月に発足した「サイバー防衛隊」だ。
13年5月にサイバー防衛隊準備室が発足した(防衛省提供)
サイバー空間への対応と統合部隊の立ち上げ――。自衛隊にとって二つの新たな領域だ。チーム運営の難しさは誰もが予想できた。その初代隊長を命じられたのが空自出身の佐藤雅俊(58)だ。佐藤は1984年に防衛大学校を卒業し航空自衛隊に入隊した。職種は航空基地やレーダーサイトの通信機器を取り扱う「通信電子」だった。幹部学校の研究員として各国のサイバー領域に関する政策を研究していたこともある。隊長への就任はなんとなく予感していたという。
陸海空、それぞれの組織から集められたのは約90人。まず佐藤が訴えたのは「陸海空の力の結集」だった。佐藤は繰り返し隊員に「心を一つにしよう」と説いた。これは逆説的に、これまで陸海空が一つになりきれていなかったことを意味している。
■言葉が通じない
陸海空の自衛隊は普段、現場の隊員同士でコミュニケーションを取ることはほとんどなく、同じ自衛隊でも組織文化や言語表現は異なる。たとえば発足当初、こんなこともあった。「きちんと『たてつけ』しないと」。海自出身の隊員が言うと、ある陸自出身者は周囲を見回した。「どこか扉が壊れていたかな」と思ったが、どうも話がかみ合わない。海自では普段から「たてつけ」を「準備」という意味で使っているという。
初代サイバー防衛隊長を務めた佐藤
佐藤は異なる組織文化を逆手に取った。陸海空では、あいさつの様式が少しずつ違う。たとえば陸自と空自は「敬礼」の合図と同時に敬礼する。海自では、それぞれのタイミングで敬礼してあいさつする。
「きょうは海自式だ」。送別会の際も、海自出身者が対象の場合は、制帽を振って見送る「帽振れ」の合図とともに別れを惜しんだ。頭ごなしに命令しても組織は動かない。それぞれの伝統を尊重する雰囲気をつくるよう心がけた。
急ごしらえで部隊が発足したこともチームの融合の足がかりとした。
18年末に策定した防衛大綱ではサイバーなどの新領域を「死活的に重要」と位置づけた
通常、新たな部隊を編成する場合、隊員が訓練を積んで、一定の水準に能力が達してから正式に発足する。だが、サイバーテロの危機は迫っており、サイバー防衛隊にその余裕はなかった。13年5月に準備室が発足してから、わずか1年程度の準備期間で部隊は発足した。「サイバーセキュリティって何?というところからスタートする人もいた」と佐藤。あらゆることが手探りのなかで、出身部隊を超えて経験者が未経験者を指導した。未経験者向けの訓練プログラムも作り、個々の能力を底上げした。その間に融和が進んだ。
■「異文化」吸収の芽も
「空自はスピード感がある。陸自の上意下達のやり方じゃ遅い」。陸自出身者は、自分たちの組織の欠点に気づかされた。一方、海自出身者は陸自の隊員をみて「指揮命令系統がしっかりしている」と感心した。
「縦割り」の殻に閉じこもっているときは、互いの悪い点に目が行きがちだった。だが、今は互いに「異文化」を吸収する芽が生まれつつある。
多くの人が「組織の常識や前例にとらわれない佐藤らしい」と言う一枚の写真がある。サイバー防衛隊の発足当初、防衛相(当時)の小野寺五典(59)がオペレーションルームを視察した際の様子だ。佐藤が椅子に座り大画面に指をさし、小野寺が腕組みをして画面を眺めている。一見、何の変哲もない写真だが、自衛隊の関係者が見ると異様に映る。
防衛相は最高指揮官の首相の下で自衛隊組織を統括する。通常は防衛相が現場を視察する際、隊員らは直立して出迎える。防衛相を立たせたまま、現場の隊長が着座することはまずない。佐藤は「サイバー防衛隊は機密性が高く現場の隊員の顔をさらすことができなかった。パソコンの操作をしながら説明したからだ」と話す。「でも、幻の1枚だ」と語る。
佐藤は定年退官を控え、16年12月にサイバー防衛隊長を退いた。防衛省内の会議室で開いたささやかな退官パーティーで、佐藤は部下たちに訴えた。「世界に通用する負けない部隊になってほしい」。会合が終わると隊員らが佐藤を見送るため道路の前に整列した。
指揮通信システム部長の市田
「敬礼!」。全員そろっての別れのあいさつは、合図とともに同時に敬礼する空自式だった。空自出身の佐藤に配慮した部下たちの計らいだった。「海自バージョンでいいよ、って言ったのに」と佐藤は笑う。
サイバー防衛隊の隊員は現在、発足当初より6割増え約150人の体制になった。23年度までには500人規模のサイバー防衛部隊を新編する。米国の人員は6000人規模、中国は数万人単位いるとされ、自衛隊の体制構築は途上だ。サイバー防衛隊を統括する統幕の指揮通信システム部長の市田章(53、海将補)は「持続可能な組織にしていくのが今後の課題だ」と強調する。
■稲妻にこめた意味
エンブレムの稲妻には陸海空の力を結集する意味を込めた
サイバー防衛隊には、発足後に若手隊員の発案をもとに作った部隊のエンブレムがある。くちばしに刀をくわえたフクロウの両側に稲妻をあしらったデザインは陸と海と空の力を結集する意味を込めた。
急速な技術の進展への対応、組織の融和、人材育成……。サイバー防衛隊は最初の一歩を踏み出したが、自衛隊全体ではまだ陸海空の縦割りは続き、予算の奪い合いも激しい。だが、日本を取り巻く安保環境が激変するなか、サイバー防衛隊が向き合う課題は自衛隊という組織全体の課題でもある。=敬称略、つづく
(加藤晶也)