湯浅一郎 2019年3月31日
1.トランプ・ミサイル防衛見直しの概要
19年1月17日、トランプ米大統領は、国防総省において米国のミサイル防衛強化に向けた新戦略「ミサイル防衛見直し(以下、MDR)」を発表した。同種の文書は、オバマ政権期の2010年に初めて策定され、「弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)」と呼ばれた。今回は、極超音速兵器や高度な巡航ミサイルなど弾道ミサイルに含まれないものを含む、多様なミサイル脅威に対応する必要性を踏まえ、「弾道(B)」が外れ、「MDR」という名称に変更されている。
MDRは、2017年12月の「国家安全保障戦略(NSS)」、2018年1月の「国家防衛戦略(NDS)」、そして同年2月の「核態勢見直し(NPR)」と整合するものとして策定が進められ、2018年春頃に公表されると言われていたが、1年近く発表が遅れた。その要因の一つは、特に宇宙配備センサーやブースト段階での迎撃計画など新時代へ向けた途方もない投資を必要とする構想の妥当性の検証に時間がかかったことが推測される。
まずロシア、中国、北朝鮮、イランの4か国を主な脅威とみなし、現在および将来のミサイル脅威を米本土、及び「海外の米軍、同盟国、協力国」ごとに分析し、現在、及び将来の脅威環境を見直し、ミサイル脅威の多様化とあらたな脅威の出現など環境が大きく変化したとする。北朝鮮への言及が最も多いが、2017年9月の6回目の核実験や、火星15号を含むICBM発射を踏まえて、今や北朝鮮は、米本土を核ミサイル攻撃によって脅かす能力を有すると指摘した。米国政府公式文書において北朝鮮の核ミサイルが米国を攻撃しうると評価したのは初めてである。18年に、米朝首脳会談等により対話と平和への交渉が新たに進んでいることを認めつつも、北朝鮮に対する脅威認識は変化しておらず、米国は警戒を怠ってはならないとしている。
ロシアは、18年3月のプーチン演説(注1)で示されたように、近年、飛翔速度の非常に速い極超音速巡航ミサイルや極超音速滑空体(HGV)(Hypersonic Glide Vehicle)の開発・配備に力を入れている。中国もHGVの実験を行っていることで、近未来の脅威とした。
イランは、中東での米国の影響力を、当該地域の覇者になるという自らの目標の前に立ちはだかる最大の障壁と考えており、中東で最大の弾道ミサイル戦力を有しており、米国を威嚇する能力を持った大陸間ミサイルに応用できる技術の開発を続けているとする。
その上で、これらの脅威に対応するためのミサイル防衛の役割・原則・戦略を位置づけ、現在および近い将来の本土防衛や地域防衛の計画を包括的に検討している。ミサイル防衛の多様な役割として、米本土及び同盟国の保護、攻撃の抑止、同盟国の安全の保証、外交の支えなどを挙げる。ミサイル防衛計画と能力については、本土防衛、地域防衛、さらに巡航ミサイルや極超高速兵器への対応計画を順次、示している。
2 既存のミサイル防衛態勢の強化
現在、米本土防衛として、北朝鮮や潜在的にはイランの核・ミサイル脅威への対処を念頭に地上ベースのミッドコース防衛(GMD)システムが構築されている。具体的には地上配備迎撃ミサイル(GBI)がフォートグリーリイ(アラスカ)に40基,バンデンバーグ空軍基地(カリフォルニア)に4基の計44基配備されている。これを踏まえ、本土防衛のGMDとして2023年までにGBIをフォートグリーリイに20基追加配備し、64基までに増強する。またアラスカ、ハワイ、太平洋地域に、新たなミサイルの追跡及び識別センサーを配備する。
地域防衛では、現在、BMD能力を有するイージス艦は38隻であるが、2023年までにその数を60隻に増やす計画であるとし、その計画はMDR発表後6か月以内に国防長官らに送付される。
さらに本土防衛と地域防衛を統合することで、早期の警戒やミサイル追跡の態勢を強化し、コストを削減する。例えば、米国が日本に配備しているXバンドレーダーは、早期警戒や北朝鮮から米国や日本に向けて発射されたミサイルの追跡に有効であるとする。
さらに「同盟国およびパートナー国との協力」を明記し、インド太平洋地域では、日本のミサイル防衛態勢との協力、相互運用性の強化がうたわれている。日本では、「多数の複合的な経空脅威にも同時対処できる能力を強化する」(注2)との観点から、現在、イージス艦6隻を8隻体制に増強し、中期防では2023年までにイージスアショア2基の配備を決めている。これら自衛隊のミサイル防衛態勢と在日米軍のイージス艦やXバンドレーダーとの相互運用の強化を図ることになれば、平時においても集団的自衛権の行使を前提とした態勢が日常化することになる。また米国からのミサイル防衛への予算増や米装備の購入の要求がさらに増えることが想定される。
3 近未来型のミサイル脅威に対する誇大な構想が目白押し
トランプMDRのもう一つの特徴は、極超音速巡航ミサイルや極超音速滑空体(HGV)などによる新たな攻撃的ミサイルの脅威と不確実性への対応策が多数、構想されていることである。
ここでは、「宇宙の重要性」が強調されている。「宇宙開発によって、既知・不測双方の脅威に対しより有効で弾力性や順応性のあるミサイル防衛態勢が可能になる。例えば、宇宙センサーは、地球上のどの地点から発射されたミサイルであっても観察・発見・追跡することができる。宇宙センサーは陸上センサーに課せられるような地理的制限に服することなく、ある程度自由に動き回ることができ、きわめて有利なことにミサイルの「誕生から死まで」を追跡することが可能なのだとする。」
ならず者国家の保有ミサイルが増加するにつれ、迎撃を宇宙から行うことで、攻撃用ミサイルが様々な報復措置を実施する前の、最も脆弱な初期の上昇段階で交戦する機会が生まれるかもしれない。宇宙からの迎撃により、攻撃用ミサイルの迎撃に成功する可能性が全体として高まり、米国の迎撃機(defensive interceptors)の数を求められている通り減らすことができ、攻撃用ミサイルを標的国ではなく攻撃国の領空で破壊できる可能性が生まれる。国防総省は、宇宙ベース防衛の構想や技術に関する短期間の調査を新たに実施し、変化する安全保障環境における宇宙ベース防衛の技術的・戦略的な将来性を査定するとしている。
極超音速滑空体(HGV)は、弾道ミサイルないしロケットによって打ち上げられたのち、ブースターの燃焼終了直後に切り離され、飛翔体自体の揚力によって大気圏上層で跳躍・滑空を繰り返し、高速で目標に突入する。そのため、高速の巡航ミサイルやHGVは、マッハ5以上の高速で、低空を変則的に飛行するため、地上配備型レーダーをかいくぐることができる。これらに対抗するために、まず複雑なミサイルの脅威を検知、追跡し、効果的に対処できるよう宇宙空間でのセンサー網による監視網の充実をあげる。既に米国は、宇宙配備の赤外線センサー(「宇宙ベース・キルアセスメント(SKA)」と呼ばれる)網を18年末までに軌道上に配置するとしているが、それをも含めた包括的な監視網が想定されている。
またロケットエンジン分離前のブースト段階での攻撃により破壊させる宇宙配備型の迎撃システムの可能性調査などの必要性を訴えている。ここでは、ステルス戦闘機F35や、レーザー兵器を搭載した無人航空機などが検討対象とされる。宇宙に関わるこれらの計画についても、MDR発表後6か月以内に報告書を出すとしている。
4 中ロの反応と核軍拡競争を激化させる懸念
米MDRに対し、中ロはすぐに反応した。まずロシア外務省は、「これらの考えを満たすことは、必然的に宇宙での軍拡競争を招くことになり、それは国際的な安全保障と安定性にとって最大の悪影響となるだろう」と述べた。さらに「米国政府に対し、悪名高いレーガンのスターウォーズ計画をより高い技術レベルで再開するこのような無責任な試みを放棄するよう呼びかけた」(注3)。
また中国外務省の華春栄副報道局長は、2月17日の定例記者会見で「米国は他の国に兵器開発を控えるよう求める一方で、殺傷力の極めて大きな兵器を絶えず強化している。これは米国のダブルスタンダードを示すものだ」と反発した(注4)。
ところで、米国が新たな脅威とする極超音速の攻撃的ミサイルは、米国も開発を推進している(注5)。それを棚に上げて中ロが開発するものは新たな脅威であるとして、それを超えるミサイル防衛態勢を生み出そうとすることは余りにも一方的である。
しかも、MDR発表後6か月以内に国防長官らに報告を出すとされた計画は10件に上ることから見ても、構想の多くは、いまだ夢物語の次元で内容に著しい不確実性があると推測できる。膨大な巨額を投資して、残る成果が見えないことになりかねない代物ばかりである。
米MDRは、トランプ政権のINF離脱などに輪をかける形で、宇宙を始めとした米国とロシア・中国間の際限のない軍備競争をもたらす危険性がある。この問題を考えるにあたり、2002年に米国がABM条約から脱退し、ミサイル防衛(BMD)体制の強化を打ち出したことで、ロシアが、これに対抗して米国のMDを打ち破る兵器の開発に約20年という年月をかけて極超音速兵器の開発などを進めてきた経緯を想起する必要がある。本MDRで米国は、ロシアの動きを理由に宇宙の軍事化などを含むミサイル防衛体制の新たな開発へと向かい、とめどのない核軍拡を引き起こそうとしている。INF条約からの離脱も、上記と同様の新たな軍拡の引き金になりかねない。しかし、今、求められているのは、MD態勢の強化ではなく、軍縮基調を生み出すことである。
注:
1 ピースデポ刊「核兵器・核実験モニター」541号(2018年4月1日)に関連記事。
2 「防衛計画の大綱」、2018年12月18日。
3 「インターファクス通信」、2019年1月18日。
4 「毎日新聞」2019年1月19日。
5 米軍による極超音速兵器開発の現状を示す一。