【考える広場】我が内なるファシズム  東京新聞より

我が内なるファシズム  2019年3月30日

 イタリアでファシズムが芽を出すのが一九一九年。ヒトラーもその年にナチスに入党した。第二次世界大戦で一掃されたはずのその思想は…。百年後の今、自分の中に潜むファシズムを考える。

 <ファシズム> 国家主義的、排外主義的な運動理念、政治形態。第1次世界大戦後のイタリアで、資本主義の危機、社会の混乱に不安を感じた中間層がファシスト党のムソリーニに率いられて起こした大衆運動。議会政治や言論・出版・結社の自由を否定し、カリスマ的指導者による独裁体制を志向する。対外的には反共産主義を掲げ、侵略政策を取った。

1929年の大恐慌を背景に、ファシズムは欧州や南米諸国に広がり、ドイツではヒトラーが、スペインではフランコが政権を握った。

◆非選挙組織で歯止め 甲南大教授・田野大輔さん

田野大輔さん

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 学生に同じ制服を着せ、野外で行進や他者への糾弾を行わせる「ファシズムの体験学習」という授業をしています。

 糾弾では仕込みのカップルに全員で怒号を浴びせますが、そうしているうちにだんだんと参加者の声が熱を帯びてきます。そこには「許されていることだから構わないだろう」という「責任感のまひ」が見られます。

 それと同時に、参加者はちゃんと声を出さない人を見ていら立ちを覚えるようになります。「集団の力」を実感し、一緒に行動することを義務と感じる「規範の変化」が起きるのです。

 権力の後ろ盾があればいとも簡単に、社会的に許されないことができてしまう。これは一九三八年にナチスが扇動・主導した「水晶の夜」と呼ばれる反ユダヤ主義暴動とも符合します。

 そうした危険は今の日本も無縁ではありません。ファシズムとポピュリズム(大衆迎合主義)には類似性があります。分かりやすい敵を攻撃し、これによって人々の欲求を発散させるという、ある種の「感情の動員」をめざす点です。

 もちろん、敵を攻撃するだけではありません。重要なのは、自分たち多数派の力を実感できるようにすること。ヒトラーは混乱を極めたワイマールの議会政治に代えて、強力なリーダーのもと一致団結したドイツ、「民族共同体」という理想社会を実現しようとしました。これを説得的に提示するため、党大会で壮大な式典を演出しました。

 ナチスによる演出は従来、うそにまみれたプロパガンダ(宣伝)と考えられてきましたが、そうした見方は「民族共同体」の実現に向けたナチスの努力、人々がそこに見いだした真正さを軽視しています。

 ドイツの国民はだまされて動員されたのではありません。自ら積極的に隊列に加わったのです。ナチスは労働者に休暇旅行を提供し、消費水準を向上させるなど、国民の願望を満たそうと努力していました。その結果、「民族共同体」は単なる幻想にとどまらない現実性を帯びることになったのです。

 国民の現実的な支持を得たファシズムをどう防ぐか。私たち一人一人の意識の持ち方も重要ですが、最後の歯止めは司法やジャーナリズムなどの選挙で選ばれない組織です。民主主義を存続させるには、非民主主義的な安全装置が必要なのです。

 (聞き手・大森雅弥)

 <たの・だいすけ> 1970年、東京都生まれ。専門は歴史社会学。博士(文学)。著書に『愛と欲望のナチズム』(講談社)、『魅惑する帝国-政治の美学化とナチズム』(名古屋大学出版会)など。

◆制御し続ける努力を 作家・深緑野分さん

深緑野分さん

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 ホロコーストを知ったのは幼稚園のときです。家の近くにあった教会の日曜学校で、牧師さんから聞きました。ユダヤ民族への迫害。強い恐怖を覚えました。なぜ、そんな恐ろしいことをする人たちがいたのか。でも、自分も同じ人間だから無関係ではないとも感じました。

 第二次大戦中のベルリンを舞台にした小説を出版することになり、昨年一月に現地へ取材に行きました。どこか緊張感が漂う街でした。銃弾の痕、壊れた建物も残っている。ユダヤ料理店の店先には常に警官が立ち、ユダヤ教会の目の前には交番がある。ネオナチを警戒しているのでしょう。冷戦と壁の崩壊。いろいろな時代に翻弄(ほんろう)された街という印象でした。

 ムソリーニがファシスト党をつくり、ファシズムという名前が付きました。しかし、それ以前からファシズム的な志向は存在しました。では、今はどうなのか。ファシズムは第二次大戦を象徴する言葉なので、終戦とともに消えたように思われがちですが、そうではありません。多分、私を含めて誰もがファシズム的志向の要素を持っていると思います。

 差別をしたい、極端な保守主義に走りたいという願望を人は誰でも持っています。差別をするという心の種を持っていること自体が悪いと批判する人がいます。しかし、それを消すことはできません。どうコントロールできるかにかかっています。

 人間は自信を失うと、ファシズム的なものが心地よくなります。誰かが叫ぶ。「私たちが苦しんでいるのは、あいつらのせいだ」。多くの人が同調し、熱狂の中で「あの人たちは敵ではない」という声はかき消されてしまう。より怖いのは、排斥を扇動した者が悪の化身というわけではなく、自分が正しいと心から信じている場合です。ヒトラーもそうだったかもしれません。

 アウシュビッツから生還したユダヤ系イタリア人作家プリーモ・レーヴィが書いています。平和と呼ばれているものは実は休戦状態でしかない。休戦を一日でも延ばすしかわれわれにできることはない-。

 ファシズムは今も私たちの隣にあります。ファシズムの誘惑に転ばないよう努力する。そこに陥っていないか繰り返し確認する。それが休戦を延ばすことにつながると思います。

 (聞き手・越智俊至)

 <ふかみどり・のわき> 1983年、神奈川県生まれ。書店に勤めながら執筆し2013年に『オーブランの少女』でデビュー。『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』が直木賞候補に。

◆国難で一気に加速も 慶応大教授・片山杜秀さん

片山杜秀さん

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 「ファッショ」はイタリア語で「束(たば)」です。天皇を「現人神(あらひとがみ)」として国民を束ねたという意味で、明治の国家体制はファシズムと適合的でした。

 しかし、いわゆる「日本ファシズム」が「未完のファシズム」に終わったのも、明治憲法に権力が分散する仕組みがあったためです。国会は貴族院と衆議院に分かれ、一方が法案を否決すれば即廃案。総理大臣の力は今より弱く、行政には枢密院という内閣のチェック機関もあった。陸海軍は天皇の直属です。近衛文麿は大政翼賛会をつくり、東条英機は総理大臣と陸軍の参謀総長などを兼職して、権力を束ねようとしたが、右翼から「天皇に畏れ多い。ファッショだ」と批判されました。

 それと比べると、現在の憲法の方がはるかに強力に権力を束ねやすい。議院内閣制で、国民が選んだ国会が、三権分立のうち立法と行政の二つを握ります。衆参両院で意見が分かれても、衆院優越の原則があります。

 冷戦後、権力の「束」はさらに強くなりました。まず現実主義の自民党と理想主義の社会党が対立した五五年体制が崩壊し、現実主義の政党ばかりになった。似たような価値観の政党ばかり。その中では、経験豊富な自民党が選ばれやすい。

 さらに「決められない政治」として派閥や官僚が批判され、「政治主導」の名の下に内閣人事局が設置され、内閣に官僚は抵抗できなくなった。今の内閣は各官庁の情報を吸い上げて力が肥大化し、戦前・戦中にはなかった強力なファシズム体制を実現させたと思います。

 政治主導を主張したのはリベラルな政治学者やマスコミも同じです。現在の「安倍政治」は勝手に出てきたわけではない。冷戦後の流れの中でおのずと出てきた一つの答えなのです。ヒトラーもムソリーニも、経済危機を立て直そうと出てきました。北朝鮮の動向や米中枢同時テロで「テロとの戦い」「常に危機だ」との論法が成立するようになり、米国や中国も個人情報の把握を正当化しています。

 治安や国防に加え、日本には津波や地震もある。国民に「危機」を訴える生々しい要素です。もし災害や経済危機など本当の「国難」が起きれば、安倍政治で準備されたファシズム的な方向に一気に進む可能性があります。「未完」ではない日本ファシズムが生まれるかもしれません。

 (聞き手・谷岡聖史)

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