2011年3月の東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故(福島原発事故)から7年が経過した。しかし、エネルギー政策は、福島原発事故の教訓を踏まえた方向に転換されておらず、エネルギーを取り巻く厳しい現実に対応しているとはいいがたい1。政府のエネルギー政策において重要な基準とされている「S+3E」の観点からも、福島原発事故のような過酷事故を、日本社会は受け入れることができない。現行の「エネルギー基本計画」における原発の位置づけを全面的に改める必要がある。
2017年8月からの総合資源エネルギー調査会基本政策分科会における「エネルギー基本計画」の見直しの審議では、現行の「エネルギー基本計画」を踏まえてつくられた「長期エネルギー需給見通し」(2030年のエネルギーミックス)を変更せずに、原発比率については20~22%の実現を前提に議論が進み、原発を「重要なベースロード電源」とする骨子案が示された2。さらに経産省の「エネルギー情勢懇談会」では、気候変動に関するパリ協定の発効を前提とした2050年以降を見据えた長期的な脱炭素のエネルギー戦略がテーマとなっているにも関わらず、未だに原発に固執する産業界寄りの議論が繰り返され、長期的にも原発を脱炭素化の選択肢として温存する提言が出されている3。
このような政府内での原発の維持や延命政策を前提とする「エネルギー基本計画」の見直しの議論には多くの問題点がある。「エネルギー基本計画」は、以下の論点からあくまで原発ゼロ社会の実現を前提に見直すべきである。
第一に、原子力発電の根本的な問題点を直視し、原発ゼロを目指すべきである。
これまでのエネルギー基本計画見直しの議論には、福島原発事故の教訓を活かし、パリ協定のもと国際的な気候変動問題への責任を果たし、中長期的に持続可能な社会を実現するというビジョンが欠けていた。政府は、非現実的な原子力維持目標に固執し、再生可能エネルギーの導入や省エネルギーを軽視している。そのため、本格的な気候変動対策を停滞させている。これでは、これまでのエネルギー政策の失敗を繰り返すだけである。
原発を取り巻く現実は厳しい。2014年度に原発の年間発電量はゼロとなり、その後の原発の再稼働も数基に留まり2016年度実績では総発電量の2%にも満たない。原発を維持することが、電力会社の経営にも重大な影響を及ぼしている。新規制基準や原子力規制行政における多くの欠陥、原子力損害賠償制度の不備、運転開始後40年を超えた老朽化原発の運転延長問題、放射性廃棄物の処理・処分の問題などの点でも、原発は困難に直面しており、経済的合理性も失われている。原発の持つこれらの根本的な問題点を直視し、原発ゼロを目指すべきである。
見直しの前提として総発電量に占める原発の割合を2030年に20%~22%にするとしているが、そのようなことは現実には不可能だと考えるのが合理的である。この前提の実現には、廃止が決まっている18基以外の原子炉42基(建設中の3基の原発を含む)のうち約8割を再稼働させ、さらに40年間と決められている老朽原発の運転期間をさらに20年間延長させる必要がある。しかし、再稼働や老朽原発の運転期間延長等で原発を維持することに実現性も国民的支持もない。各種の世論調査によれば、原発再稼働に関しては国民の過半数が反対している。これまで再稼働した原発は8基(2018年5月現在)に留まり、16基は適合性審査への申請の目途さえたっていない。まして、立地自治体や経済界が経済的理由で要望し始めている原発の新設やリプレースも、その実現の見通しはまったく無いのである。
第二に、新規制基準に基づく審査では原発の安全性が確保されない。
政府は、原発依存度を可能な限り低減するとする一方、「世界で最も厳しい水準の規制基準」に適合すると原子力規制委員会が認めた原発については再稼働させるという方針をもち、なし崩し的に再稼働を進めている。しかし、立地審査指針が採用されないなど新規制基準には多くの欠落項目や問題点がある4。こうした基準に基づく適合性審査は、原発の安全性の確保の観点からすれば不十分である。地震・津波・火山などの自然災害への対策や原子力防災を含めた原子力規制行政の問題点も、解消されていない。
さらに例外的にのみ認められるはずの20年間以内の運転延長がなし崩し的に認められ始めている。だが、老朽化した多くの原発には安全上の深刻な問題がある。さらに、原発のテロ対策も明らかに不十分である5。原子力防災に対する政府や自治体の危機管理対処能力もきわめて貧弱である。
多くの国民や周辺自治体などから原発再稼働に反対の意思表示がされているにもかかわらず、再稼働にあたっての同意は、立地自治体のみでよいとされている。これらにみられるように、政府が原発を稼働させる大前提としている「安全性の確保」はされていないし、国民の意見も無視されているのである。
第三に、原子力発電の真の発電コストは高く、隠された様々なコストとリスクがある。
福島原発事故の損害賠償や除染・中間貯蔵施設建設等のため、すでに10兆円を超える資金が東京電力支援のために使われている。また、事故収束や行政の事故対応にも多額の資金が投じられている。これらを合計すれば、福島原発事故による費用は現時点で20兆円を超える。総合資源エネルギー調査会発電コスト検証ワーキンググループは、新設の原発(モデルプラント)が火力よりも発電コストが安いという計算結果を2015年に公表した。だが、事故後に必要となった費用を適切に評価すれば、原発のコストは明らかに高い。また、実績値で評価した場合には、発電コストは火力発電を大幅に上回る6。
コスト検証ワーキンググループの示した発電コスト計算は、新設の原発(モデルプラント)についての非現実的な前提に基づいている。実際には、原発の建設コストは福島原発事故後に急騰している。そのために、米ウェスティング・ハウス社は倒産し、日本の東芝は経営危機に陥った。このような現実を政府は改めて認識すべきであり、原発に関する経済性評価を一からやりなおすべきである。
実際には経済性がない原発を電力自由化の中で延命させるために、賠償費用等の一部を託送料金によって回収するなどの措置が政府によって講じられつつある6。加えて、原子力損害賠償法にさだめられた賠償額を有限にしようとする動きも政府に見られる。これらは、原発が国家の支え無しに自立できない、コストとリスクの高い電源であることを示している。
第四に、意思決定プロセスに、市民からの意見を聴取し、反映する努力を行っていない。
政府内で、非現実的な「エネルギーミックス」を前提にした議論が行われているのは、エネルギー政策形成において民主的な意思決定プロセスが欠けているからである。経済産業省が所管する審議会は、委員の構成をはじめ、原発を推進してきた産業界や電力会社の意向が色濃く反映されている。「エネルギー基本計画」の見直しに代表されるエネルギー政策の策定では、意思決定プロセスのあり方から見直す必要がある。3.11後のエネルギー基本計画の見直しでは前政権下で国民的議論が行われ、原発ゼロを目指すことが一旦は決定された。2010年のエネルギー基本計画の見直しの際には公聴会までは開催されたが、今回の見直し過程では意見箱の設置に留まり、また受け付けた意見に関する検討・分析や反映などは全くなされていない。
第五に、原子力発電が「ベースロード電源」という発想が電力システム改革を後退させている。
総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の骨子案では、原子力を引き続き「重要なベースロード電源」として位置づけ、年間発電量に占める割合を2030年までに20%以上と2017年の約3%から大幅に増やそうとしている。原子力発電や石炭火力発電を電力供給の中で重要視して「ベースロード電源」とするという考え方は電力自由化や再生可能エネルギーの大量導入が進む中ではもはや時代遅れであり、欧州では、「ベースロード電源」という発想そのものすらなくなっている。むしろ電力システムの調整力が重要視され、硬直的な運用しかできない原発は調整力を阻害する存在になってきている。
原発を「重要なベースロード電源」に位置づけたことにより、再生可能エネルギーの導入が現実に阻害され、導入コストの低減を妨げている。原子力を含む「ベースロード電源」をフル稼働させることを前提にしているため、算定される系統の空き容量がゼロとなり、再生可能エネルギーの系統接続が大幅に制限されるという理不尽な事態が起きているのである。
すなわち、原発を無理に維持しようとするために電力システム改革そのものが後退している。日本では、電力システム改革の第一弾として電力広域的運営推進機関が2015年4月に発足し、2016年4月から電力の小売り全面自由化が行われた。しかしながら、他方で、電力システム改革の下でも原発を維持するための仕組みが次々に構築されている。これは、電力システム改革の理念を大きくゆがめている。
原子力市民委員会は、2014年の「エネルギー基本計画」や2015年の「エネルギーミックス」の策定に際し、国民的合意を得ながら原発ゼロ社会の実現を目指すよう提言してきた。また、2014年4月には『脱原子力政策大綱2014』7を、2017年12月には『脱原子力政策大綱2017』8を公表し、福島原発事故の被害の全貌や後始末をめぐる問題、放射性廃棄物の処理・処分や原発再稼働を容認できない技術的根拠を指摘した上で、原発ゼロ社会を実現するための行程を発表してきた。さらに新規制基準の様々な問題点について特別レポート5『原発の安全基準はどうあるべきか』も発表している。
「エネルギー基本計画」は、原発の様々な問題点を直視し、早期に原発ゼロ社会を実現することを前提におくべきである。その上で、「エネルギー基本計画」を、再生可能エネルギーの野心的な導入目標や国際的に責任のある温室効果ガスの削減目標を含む、日本社会を持続可能で真に豊かなものにするエネルギー基本計画へと全面的に作り直すべきである。