自衛隊の砲艦外交を定着させてはならない ―定期化するインド太平洋派遣訓練-
2020年1月31日 ピースデポ 湯浅一郎
安保法制が施行されてから、自衛艦の長期にわたる海外展開が日常的になってきている。その典型は、2018年から始まったインド太平洋派遣訓練である。空母化が予定されている「いずも」型護衛艦を中心として、2か月半にもわたりインド洋から西太平洋に至る広大な海域において、海自艦船が日米共同演習はもちろんのこと、沿岸各国海軍との共同演習を繰り返している。これは、砲艦外交の定着を狙った危険な動きである。
海自艦船のインド太平洋派遣訓練
海上自衛隊の平時の演習における海外展開には、日米印共同訓練「マラバール」やリムパック環太平洋合同演習などもあるが、期間、広域性、関連する国数などから「インド太平洋派遣訓練」(IPD)は最大級のものである。2019年4月30日から7月10日、72日間の長期に及び平成31年度「インド太平洋方面派遣訓練(IPD19)」が実施された●1。参加したのは、護衛艦「いずも」(横須賀)、「むらさめ」(横須賀)、「あけぼの」(佐世保)の3隻である。このIPD訓練は、2018年から始まった。その時は、8月26日から10月30日まで、「いずも」型護衛艦の2番艦である護衛艦「かが」(呉)が中心となり、やはり護衛艦「すずつき」(佐世保)、「いなづま」(呉)の3隻で実施された2。●2。
防衛省によれば、訓練の目的は、「インド太平洋地域の各国海軍等との共同訓練を実施し、部隊の戦術技量の向上を図るとともに、各国海軍との連携強化を図る」もので、また、「本訓練を通じ、地域の平和と安定への寄与を図るとともに、各国との相互理解の増進及び信頼関係の強化を図っていく」としている。主な訓練は以下である。
- 5月3日、5日、8日とも日米印比共同巡航訓練。米海軍ミサイル駆逐艦「ウィリアムP. ローレンス」とインド海軍ミサイル駆逐艦「コルカタ」、同補給艦「シャクティ」及びフィリピン海軍フリゲート艦「アンドレス・ボニファシオ」との巡航訓練。
- 5月9日~12日、拡大ASEAN国防相会議プラス海洋安全保障実動訓練。
- 5月19日~22日、スマトラ島の西方海空域(インド洋)において日仏豪米共同訓練(ラ・ペルーズ)を実施。5月20日、自衛隊員たちは、仏海軍空母「シャルル・ド・ゴール」の艦艇見学。
- 5月23日 – 24日、インド海軍と対潜訓練や戦術運動など共同訓練を実施。
- 5月26日~29日、ポートクラン港沖海空域において、マレーシア海軍フリゲート艦「レキウ」と戦術運動や通信訓練など親善訓練。
- 6月10日~12日、南シナ海において、米海軍原子力空母「ロナルド・レーガン」ほかと日米共同訓練。
- 6月13日-15日、カナダ・フリゲート艦「レジャイナ」及び補給艦「アステリクス」とベトナム沖において日加共同訓練(KAEDEX)。
- 6月17日、ベトナム人民海軍のコルベット「381号」と親善訓練。
- 6月19日、20日、南シナ海において米原子力空母「ロナルド・レーガン」ほかと日米共同訓練。
- 6月26日, ムアラ港(ブルネイ・ダルサラーム)沖でブルネイ海軍哨戒艦「ダルタクワ」と親善訓練。
- 6月26日~30日、「第3回日・ASEAN乗艦協力プログラムを実施。
- 6月28日、パラワン島周辺海空域(スールー海)においてフィリピン海軍揚陸艦「ダバオ・デル・スール」と捜索・救難訓練などの日比共同訓練。
この訓練の主な特徴は以下のように整理できる。
- 垂直離着陸ステレス戦闘機F35Bを搭載可能に改造し、装備としては空母としての能力を保有する予定である「いずも」型護衛艦が、米原子力空母「ロナルド・レーガン」との南シナ海での共同演習を2回行っている。インド太平洋海域において、日米の空母打撃団が定常的に合同演習を繰り返し、「米海軍との相互運用の更なる向上を図るとともに、強固な日米同盟を礎に、地域の平和と安定への寄与を図る」としている。
- 日米印比共同巡行訓練(5月3,5,8日))、日仏豪米共同訓練(5月19~22日)、日印共同訓練(5月23-24日)、日マレーシア親善訓練(5月26~29日)、日加共同訓練(6月13~15日)、日ベトナム親善訓練(6月17日)、日ブルネイ親善訓練(6月26日)と様々なレベルでの多国間の共同訓練を断続的に実施している。特にスマトラ西方海域での日仏豪米の4か国は「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて協力する友好国である。
- ASEAN国防相会議プラス海洋安全保障実動訓練(5月9~12日)、第3回ASEAN乗艦協力プログラムといったASEAN諸国との交流が組み込まれている。ASEAN全加盟国の海軍士官が「いずも」に乗艦して、法の支配の貫徹のための国際法の認識共有や海洋安全保障に係る能力向上支援及び相互理解・人的ネットワーク構築の促進を図ることで、地域の安定に寄与することを目的としている。
平時プレゼンスという砲艦外交が始まっている
上記の2,3に関して指摘すべき重要なことは、インド太平洋派遣訓練は、総体として、「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」が防衛力強化方針として初めて打ち出した「海外プレゼンスと外交を一体」として推進する考えを具現していることである。大綱は「防衛力が果たすべき役割」の第1項に「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する」と述べている。
古くから武力を背景に展開する外交戦略として砲艦外交がある。古くは、欧米列強が中国に対して砲艦を派遣して交渉を行なったり、ペリー提督が黒船を東京湾に浮かべて日本の開国を迫った。今日では、軍事能力のプレゼンスが「武力による威嚇」だけではなく、軍事力をもつ国への依存の誘因を形成する砲艦外交の役割がある。米空母の常時の世界的パトロールはその典型である。海自のインド太平洋派遣訓練は、平時に遠隔地に艦船を派遣して軍事力のプレゼンスにより影響力を行使しようとしている。これは、まさに梅林が指摘してきたように4、砲艦外交の始まりと言える。砲艦外交は専守防衛と無縁であるどころか、それに反する軍事任務である。
これらは、防衛大綱の「(3)防衛力が果たすべき役割、ア 平時からグレーゾーンの事態への対応」での「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する。」に完全に符合している。これは、平時における自衛艦のプレゼンスによる砲艦外交の始まりであり、軍事力を外交の道具とする概念が動き出している。
背景に米軍事戦略の要請
この背景には、米国からの軍事的分担を求める強い要請がある。「日米防衛協力のための指針」では、「日米両政府は、航行の自由を含む国際法に基づく海洋秩序を維持するための措置に関し、相互に緊密に協力する」とした上で、「適切な場合に、情報収集・警戒監視・偵察(ISR」及び訓練・演習を通じた海洋における日米両国のプレゼンスの維持及び強化等の様々な取組において協力する」としている。
さらに米国防総省「インド太平洋戦略報告」●3は、上記の日米防衛協力指針に触れながら、「米軍と自衛隊の作戦協力の強化が優先事項であるとした上で、「インド太平洋地域全体の二国間プレゼンス作戦、相互資産保護ミッション、および二国間演習は、米軍とJSDFが共同目標を推進するために協働する作戦協力のまさに数少ない領域である」と位置づけている。
米国防戦略は、「中国とロシアに対する米国の軍事的優位性が低下している」なかで、中国、ロシアとの戦略的競争に勝つことが最大の課題であるとしている。それへの対処に向け、米軍は同盟国や友好国との軍事的連携をめざしている。先のインド太平洋戦略は、「インド太平洋地域で我々が直面する課題は、どの国でも単独で対処できる範囲を超えている。国防総省は、共通の課題に対処するために、志を同じくする同盟国およびパートナーと協力することを目指している」とした上で、「米国は、競合他者やライバルが対抗できない永続的で、非対称で、比類のない優位性を表わす、同盟国と友好国が平和と相互運用性を広げる力であることに感謝する」とし、日本への軍事的共同関係の強化を求めている。
こう見ると、インド太平洋派遣訓練は、米国が求める米軍を補完する自衛隊戦力の海外展開を具象化した演習と言える。同演習は、日米の軍事一体化をはかるとともに、東シナ海からインド洋に至る広域にわたる中国包囲網の多国間連携において自衛隊が重要な位置を占める形になっている。安倍政権はあくまでも米軍戦略に寄り添いながら、自衛隊に砲艦外交という「国軍」の役割を担わせようとしていると捉えることができる。この姿は、「専守防衛」という自衛隊への縛りをますます形骸化するものである。
専守防衛の形骸化を許さない
余り議論されていないが、専守防衛の担保は、以下の3つの分野において必要である。
(1)防衛政策・教義(ドクトリン)
(2)態勢(ポスチャー)と訓練
(3)装備の能力。
18年の防衛大綱は、(1)の政府の政策として、言葉の上では専守防衛を継続することは明確に示した。これ自体は重要である。しかし、同大綱は、「いずも」型護衛艦の空母化、スタンド・オフ・ミサイルの導入を初めて明記し、装備能力の面で専守防衛を明確に超えようとしている。第一に、「いずも」型護衛艦をSTOVL機を搭載できるよう改修し、事実上、空母化することである。改修後の「いずも」型護衛艦は、世界中のどこの海からも戦闘機を離発着させることのできる空母となる。第二は、大綱はスタンド・オフ・ミサイルの整備を盛り込んだことである。これは「島嶼部を含む我が国への侵攻を試みる艦艇や上陸部隊等に対して、脅威圏の外からの対処を行うため」のスタンド・オフ防衛能力の強化として、敵の射程外からの長距離攻撃ができる巡航ミサイルである。つまり、(3)の面では、すでに専守防衛を超えている。
さらに(2)の「態勢と訓練」においても、F-35という高度の攻撃能力を持つ装備を常時搭載しないことは重要な態勢ではあるが、必要時に搭載できるという態勢だけで専守防衛は揺らぐ。しかも、大綱は自衛艦の平時からの海外プレゼンスを重視する方針を初めて打ち出したのである。インド太平洋派遣訓練にみられる砲艦外交の日常化は、まさにそれを促進しようとするものである。その先に、(1)の防衛政策や協議においても、専守防衛という枠を切り崩していくことが懸念される。
このようなことが常態化した時、国の政策としても、専守防衛の枠を外していくことになりかねない。自衛艦の運用態勢や訓練の情報公開による透明性を高める(例えば航泊日誌、訓練シナリオなどの情報公開など)ことで、専守防衛を担保することが極めて重要である。今こそ、安倍政権の防衛政策の危険な本質に私たちは警戒をさらに強め、憲法の平和主義や専守防衛の観点から見て、なし崩し的な海外展開を容認しない世論形成が緊急に求められている。
注
●1 「2019年度インド太平洋方面派遣訓練」
https://www.mod.go.jp/msdf/operation/cooperate/IPD19/
●2 「2018年度インド太平洋方面派遣訓練」
https://www.mod.go.jp/msdf/operation/cooperate/kaga-inazuma-suzutsuki/
●3 米国防総省「インド太平洋戦略報告」。URLは以下。
https://media.defense.gov/2019/Jul/01/2002152311/-1/-1/1/DEPARTMENT-OF-DEFENSE-INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT-2019.PDF
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