–新防衛大綱と中期防–
装備や運用で専守防衛政策を突破
―「いずも」型護衛艦の空母化とミサイルの敵地攻撃化- 湯浅一郎 2019年2月28日2018年12月18日、政府は、防衛政策の基本指針となる新たな「防衛計画の大綱」(防衛大綱)と防衛大綱に則って2019年から5年間に調達する装備などを定めた「中期防衛力整備計画」(中期防)を閣議決定した。宇宙・サイバー・電磁波などの新たな領域と従来からの陸海空能力を合わせた「多次元統合防衛力」なる新たな基本概念を提示した。また、政策上は専守防衛の継続の姿勢を示してはいるが、護衛艦の空母化やスタンド・オフ・ミサイル導入によって、装備上の観点から見れば専守防衛を突破し、運用態勢にも航行領域の飛躍的な拡大を日常化することで、大きな疑問を残した。
■宇宙・サイバーなど新領域を重視■
防衛大綱は、1976年に基盤的防衛力構想として初めて策定され、今回が安倍政権下で2度目、通算で6回目になる。76年の基本概念は、「自らが空白となり、周辺地域における不安定要因にならないよう、必要最小限度の防衛力を保有する」という基盤的防衛力であった。その後、基本概念は、動的防衛力(2010年)、統合機動防衛力(2013年)と変わり、時代状況に応じて拡張の一途をたどっている。今回は、新たに多次元統合防衛力という概念が掲げられた。この内容については後述する。
大綱は、Ⅱ「わが国を取り巻く安全保障環境」で、「情報通信等の分野における急速な技術革新に伴い」、「現在の戦闘様相は、陸・海・空のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を組み合わせたものとなり」、また、中国や北朝鮮の動向を危機感をもって受け止め、「我が国を取り巻く安全保障環境は、格段に速いスピードで厳しさと不確実性を増して」いると情勢を分析する。全体として大綱は、宇宙、サイバーなどの領域(ドメイン)を重視し、中国を強く警戒する姿勢で書かれている。これらは、2015年4月に合意された「日米防衛協力新ガイドライン」に沿った内容である。
そのことは、Ⅲ「防衛の基本方針」において、防衛体制において強化すべきとして挙げられている3つの分野にも反映している。
- 宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における能力を獲得・強化する。その上で、これらの新たな領域と、従来からの陸海空の防衛力を多次元に統合し融合させる領域横断作戦等を可能とする「多次元統合防衛力」を構築する。
- 新ガイドラインの役割分担の下、引き続き日米同盟を強化していく。
- 「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを踏まえて、防衛力を活用しながら、多角的・多層的に安全保障協力を推進する。
■核兵器中心の拡大抑止・日米協議の深化■
核兵器政策については、Ⅲの前文で次のように述べている。
「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠であり、我が国は、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に協力していくとともに、総合ミサイル防空や国民保護を含む我が国自身による対処のための取組を強化する。同時に、長期的課題である核兵器のない世界の実現へ向けて、核軍縮・不拡散のための取組に積極的・能動的な役割を果たしていく。」
13年の前大綱では「弾道ミサイル防衛」としていたが、今回は弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機などの経空脅威を総称して「総合ミサイル防空」に変わっているが、13年の前大綱とほぼ同じ文言である。
しかし、重要な変化が見られる。日米同盟強化の文脈において「日米同盟の抑止力及び対処力の強化」の項目があり、その中で「拡大抑止協議の深化」が明記された。日米拡大抑止協議は2010年から定期化されているが、以前には、日本が米国の核巡航ミサイル廃棄に反対した秋葉文書が暴露された経過がある●1。拡大核抑止協議の深化は、日本が米国の核兵器やその使用政策に関与を深めることを意味するであろう。外交分野において日本の核兵器廃絶への努力どころか、核軍縮政策さえあいまいになっていることと合わせると、大綱の変更は注視する必要がある。■中期防における主な装備品■
同時に決定された中期防は、新防衛大綱に則して米軍との軍事一体化、さらにはトランプ大統領のディールに迎合した装備がいくつも盛り込まれた。報道され関心の高い装備が中期防でどのように書かれているかを以下に示す。
- 太平洋側をはじめ、「防空態勢を強化するため、有事における航空攻撃への対処、警戒監視、訓練、災害対処等、必要な場合にはSTOVL機●2の運用が可能となるよう検討の上、海上自衛隊の多機能のヘリコプター搭載護衛艦(「いずも」型)の改修を行う」。
- 上記に対応して、F35を45機、新規に購入し、そのうち18機は、短距離離陸・垂直離着陸機能を有する戦闘機とする(別表)●3。これが、改修された「いずも」型護衛艦に搭載される。
- 陸上配備型弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」2基を整備する。
- 相手方の脅威圏の外から対処可能なスタンド・オフ・ミサイル(JSM、JASSM及びLRASM●4)の整備を進める。
- 中期防の水準は、おおむね過去最高の27兆4700億円となった。
■専守防衛を破る「いずも」型護衛艦の空母化とスタンド・オフ・ミサイル■
新大綱と中期防は言葉の上では専守防衛を守るとしている。しかし、実際には専守防衛を破る装備の導入や運用方法が示された。
第一の問題は、「いずも」型護衛艦をSTOVL機を搭載できるよう改修し、事実上、空母化することである。改修後の「いずも」型護衛艦は、世界中のどこの海からも戦闘機を離発着させることのできる空母となる。
18年12月18日、岩屋防衛大臣は記者会見で(資料1に抜粋)、専守防衛の保持は、専守防衛を越える装備・能力を持たないことによって担保するのか、もしくは政策として攻撃的な用途に使わないと担保するのかとの記者の質問に、岩屋大臣は、「専守防衛というのは憲法から導き出され、その考え方が今後変わることはない」と答えるとともに、「いずも」にSTOVL機は常時搭載せず、必要な場合にのみ運用するので専守防衛を逸脱しないと答えた。さらに攻撃型空母と見なされない担保はあるのかとの問いに、防衛大臣は、与党協議による修正により、常時搭載しないとすることによって攻撃型空母ではない担保になると説明した。一方、米軍機が離着陸する可能性について、緊急着陸や共同訓練ではありうるとしている。
専守防衛の担保は3つの分野において必要である。①防衛政策・教義(ドクトリン)、②態勢(ポスチャー)と訓練、③装備の能力である。
政府の政策として専守防衛を継続することは重要であり、大綱はそれを守ったことになっている。しかし、専守防衛を貫くためには、まずは「先制攻撃が可能な能力を持たないことで専守防衛を担保する」という原則をとるべきである。にもかかわらず大綱は、その点を大きく踏み外している。さらに、大綱は態勢において専守防衛を危うくした。常時搭載しないことは重要な態勢ではあるが、F-35という高度の攻撃能力を持つ装備を、必要時に搭載できるという態勢だけで専守防衛は揺らぐ。しかも、大綱は、インド太平洋派遣訓練に示されるように、自衛艦の平時からの海外プレゼンスを重視する方針を初めて打ち出している。航行範囲に制限をかけないまま、戦闘機が離着陸できる艦船を保有する態勢をとることは専守防衛の観点からしてはならないことであろう。
第二の問題として、大綱はスタンド・オフ・ミサイルの整備を盛り込んだ。これは「島嶼しょ部を含む我が国への侵攻を試みる艦艇や上陸部隊等に対して、脅威圏の外からの対処を行うため」のスタンド・オフ防衛能力の強化として、敵の射程外からの長距離攻撃ができる巡航ミサイルである。今回ミサイルの射程距離について明らかにしてないが、小野寺・前防衛大臣は、記者会見(資料2に抜粋)で、ジェーン年鑑によれば、それぞれF-35に搭載するJSMが射程500km、F-15に搭載するJASSM及びLRASMはともに射程900kmであるとした。これらのミサイルを搭載した戦闘機は、防衛大臣はその目的を否定するが敵基地攻撃能力を持つことになる。上記の議論で言えば、③装備能力が専守防衛を超えることは否定できない。この間の自民党国防部会で敵基地攻撃能力の保有が主張されてきたことを重ねると、態勢や訓練の透明性が担保されない限り専守防衛の担保にはならないであろう。
「いずも」空母化、スタンド・オフ・ミサイルのいずれにおいても、装備能力が専守防衛を明確に超えようとしている以上、運用態勢や訓練の情報公開による透明性を高める(例えば航泊日誌、訓練シナリオなどの情報公開など)ことなしに、専守防衛を担保することは困難になる。注:
●1 本誌546-7号に関連記事。
●2 Short Take-off and Vertical Landing aircraft。短距離・垂直離着陸機。
●3 12月18日、政府は、F35は、将来的に147機体制とし、そのうち42機はSTOVL機能を持つ戦闘機とすることを閣議了解している。これらの文書には明記されてないが、STOVL機能を持つ戦闘機とはF35Bと見られる。
●4 JSM=対艦/対地/巡航ミサイルJoint Strike Missileの略称。JASSM=長距離空対地ミサイルJoint Air-to-Surface Standoff Missleの略称。LRASM=長距離対艦ミサイルLong Range Anti-Ship Missileの略称。[資料1] 岩屋防衛大臣記者会見Q&A(抜粋)18年12月18日
Q:日本の専守防衛というのは、専守防衛を越え得る装備・能力を一切持たないことによって、物理的に専守防衛を担保するという考え方なのか、もしくは用途を変えれば、他国の攻撃等、専守防衛を越えるものに使い得るけれども、日本の意思として、政府の政策として、そういう用途には使わないのだということで専守防衛を担保するのか?、つまり能力を持たないことで専守防衛を担保するのか、意思として専守防衛を担保するのかに関しての大臣のお考えは?。A:専守防衛というのは憲法から導き出される、言ってみれば受動的な防衛の方針。その考え方が今後変わるということはない、変えてはいけないと思っている。軍事技術が想定以上のスピードで進んできている時に、どのような装備であれば専守防衛の枠内に入るか、あるいはどのような運用の仕方であれば専守防衛という枠内に入るか、ということは、常時検討して専守防衛という考え方・方針を逸脱することがないようにしていかなければいけない。「いずも」で言うと、先ほど申し上げたような運用の仕方であれば、それは憲法の精神や専守防衛の方針を逸脱するものではないと考えている。
Q:(前略)攻撃型空母と見なされないような運用をしっかりする歯止めの担保というのは、何か制度とか文書で作るお考えはおありでしょうか。
A:中期防の記述については、与党協議を通じて、一部修正があった。そこには、STOVL機の運用について (中略)具体的に記述をさせていただいたところでございます。当然、この方針に基づいて、運用をしていくということになりますので、これがしっかり歯止めになっていく。
Q:その中に「等」という言葉がある。今後、改修されたいずも型護衛艦に米軍機がそこから発艦したり、あるいは着艦することも可能性としてはあり得るのか。
A:例えば、米軍機が事故で緊急着陸する基地が周辺にない、そこに「いずも」型の護衛艦があるといった場合には、当然、救助のために緊急着艦を認めるということはあると思っておりますし、それから(中略)共同訓練の際には米軍の航空機が「いずも」から離発着するということはあり得ると思います。(後略)。
[資料2] 小野寺防衛大臣記者会見 2017年12月8日
今般、一層厳しさを増すわが国を取り巻く安全保障環境を踏まえ、自衛隊員の安全を確保しつつ、わが国を有効に防衛するため、相手の脅威圏外から対処できるスタンドオフミサイルとしてF-35Aに搭載するJSM等を導入することとし、本日、防衛省として追加的に予算要求を行う予定です。(前略)スタンドオフミサイルは、あくまでわが国防衛のために導入するものであり、いわゆる「敵基地攻撃」を目的としたものではありません。(後略)。
(中略)
Q:JSM等の導入についてお伺いいたします。まず、JSM等ということは、他にも同様のミサイルを導入するのか、JASSM-ER等も指摘されておりますが、他にも検討をされているのでしょうか。
A:今回、追加要求で検討しておりますのは、F-35に搭載するJSM、F-15等に搭載するLRASM及びJASSMを導入することとし、そのために必要な経費を計上すべく、追加的な要求を行うと考えております。細かいことですが、よくJASSM-ERという言い方がありますが、今JASSMはこのJASSM-ERしか作っておりませんので、このERのことをJASSMと私どもは呼んでおります。
Q:関連ですけれども、それぞれのミサイルの最大射程距離についてはどのように分析をしておりますでしょうか。
A:ミサイルの射程距離は、これを明らかにすることになれば、わが国の具体的な防衛能力を露呈することになりますので、これは従来からお答えは差し控えさせていただいておりますが、その上であえて申し上げれば、例えばジェーンズ年鑑のような公刊資料によれば、JSMは約500km、JASSMは約900km、LRASMは約900kmと承知をしております。これはあくまでも、公刊情報ベースのものであり、自衛隊が導入した場合における実際の射程距離を示すものではありません。
Q:スタンドオフミサイルという言い方をされましたけれども、これはどのような定義で、どの程度の脅威圏外、距離という意味で使っているのでしょうか。
A:これは、私どもが想定しています相手の脅威圏外という考え方で装備するミサイルですので、スタンドオフミサイルと私どもは呼んでおります。
Q:JSMとLRASM、JASSMはそれぞれどのような運用の仕方を想定されているのでしょうか。
A:JSMについては、導入予定のF-35A、ステルスタイプの戦闘機ですが、これに装着する予定になります。JASSM、LRASMにつきましては、F-15に、これは機体の改修等が必要ですが、回収した上で装着する予定と私どもは考えております。
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