【紹介】辺野古カヌー隊(全日建)の闘いと平和Fに石川県生まれの勝島事務局次長(メール配信済み)

9月14日、翁長雄志沖縄県知事が沖縄県名護市の辺野古新基地建設の埋め立て承認取り消しを表明しました。知事の決断の背景には、粘り強く闘い続けている現地の運動があります。辺野古でカヌー隊として闘ってきた全日本建設運輸連帯労働組合(全日建)の組合員二人に、現地での闘いの様子や運動にかける思いを寄稿していただきました。

「安全確保」という名の海保の暴力
全日建全国青年部長日向孝明
私は食品配送のトラックを運転する仕事をしています。昨年9月から所属する組合の青年部長として辺野古の米軍新基地建設に反対する闘いに参加し、主にカヌー隊員として、大浦湾に出て、防衛局のボーリング調査に抗議する行動の最前線にいました。
海上では抗議活動を暴力的に邪魔する人間がいます。海上保安官(海保)の存在です。海保は、ゴムボートでカヌー隊に「ここは危険ですから」と言って近づいてきます。ゴムボートとは言っても、エンジンが2基も搭載されており、とても早く走ることのできる動力船です。そんなゴムボートで、私たちが抗議するために作業現場に近づいたら、「安全確保」と言う名目で拘束します。彼らの拘束の仕方はとてもひどく、漕いでいるカヌーの後ろに飛び乗り、わざと転覆させ、乗っている人を海中に放り出します。海中で何度も海水を飲まされ、ゴムボートに乗せられます。拘束されてからも、船の上で抗議をすれば3、4人の海保に力ずくで押さえつけらます。私の仲間は、拘束された際に海保に必要以上に胸を押さえつけられ、肋骨を骨折しました。海保は「危ない、危ない」と言って近づいてきますが、彼らがいるから、怪我人や長時間の拘束で低体温症になり、救急車などで搬送される人が出るのです。
カヌー隊は、毎朝のミーティングで海の状態を確認し、海に出るか必ず確認します。仲間の命が関わってくるので決して無理はしません。当然ですが、人を傷つける行動もしません。カヌーの操作や転覆した時の対応練習しかしていません。ですので、海保の暴力は許せるものではありません。
安倍政権は戦後70年間、みんなが守り続けてきた憲法を変えて、日本を戦争する国にしようとしています。私は戦争に行きたくないし、私の周りの人たちを戦争に行かせたくありません。武力で平和は築けません。だから辺野古に基地はいらない、もう二度と戦争を起こさせないように、1人ひとりの力を団結させ、オール沖縄と一丸となって、安倍政権に打ち勝ちましょう。

非暴力抵抗運動を続ける
全日建関西地区生コン支部 弘田孝明
私は建設現場に生コンクリートを運ぶトラックを運転する仕事をしています。昨年8月からカヌーチームに参加し、基地建設の海上作業を阻止する行動に参加しています。これまで全国からたくさんの仲間が辺野古に集まっています。けれども、多くのメンバーはカヌー未経験者です。海上は天候も変わりやすく常に危険が伴うことから毎日の安全確認や体力作りは欠かせません。丸一日ひたすら漕ぐ練習をする日もあります。仲間の安全と命を守るために毎日ミーティングもします。
海上では多いときに海上保安庁の巡視艇が10隻以上、キャンプシュワブの桟橋には小型船が30艇以上、約200人が停泊しています。それに対しカヌーチームには平均15~20人程です。海保は私たちがフロートやオイルフェンスに近づくと「安全確保」と言って拘束したり、カヌーめがけて飛び込んでわざと転覆させたり、救助するふりして大量の海水を飲ませるなどの暴力を振るって抗議する気力を削ごうとします。また、抗議船に海保が乗り込み、その弾みで船が転覆し、乗っていたメンバーの意識がなくなり救急車で運ばれる事故もありました。
海上保安庁のホームページには「愛します、守ります、日本の海」と書かれています。どこが日本の海を愛してるのか。辺野古や大浦湾はジュゴンのエサ場であり、貴重な生物や珊瑚がたくさん生殖しています。この基地が作られれば戦争が始まり、世界中の人たちが犠牲になるのに何を守るというのでしょうか。カヌー隊メンバーは海保の暴力にも屈せず、彼らに暴力を振るうことなく対話で理解を求めています。しかし、暴力を振るわれた時は全員で抗議をして責任を追及します。私たちは今後も、非暴力で新基地建設が阻止されるまで闘い続けます。
海上ボーリング調査は、本来であれば3月末の終了予定が、現時点でまだ終わっていません。これは現場の闘いがあるからこそ工事を遅らせる事が出来たのです。陸上でも毎日建設作業員を入れさせない座り込みが続いています。この命がけの闘いと想いが沖縄県民を立ち上がらせ、オール沖縄となって全国的な運動に広がったのだと思います。
沖縄に来られない人も地域でともに闘えば、新基地建設阻止が必ずできます。今後は、カヌーだけではなく、ウィンドサーフィンやスタンドアップパドルボード(SUP)など、海を愛する人たちが全国から集まり阻止運動を広げることができるよう取り組んでいきます。
(ひゅうがたかあき、ひろたたかあき)

各地からのメッセージ
辺野古阻止で安倍政治を止める
沖縄平和運動センター 事務局長 大城

沖縄 瀬嵩の浜集会(2015年3月21日)

9月7日、辺野古新基地建設に関する沖縄県と政府との協議が決裂した。8月10日から1カ月間すべての作業を停止しての集中した協議と表向きはなっていた。しかし、この協議は、国の時間稼ぎの茶番に過ぎない。最初から想定される通りの内容だった。計5回の協議すべてにおいて政府はこれまでの「辺野古が唯一の解決策だ」という方針を繰り返し、当然、翁長雄志知事は真っ向から否定し新基地建設阻止を貫いた。9月7日の最終協議が終了し、会見に臨んだ翁長知事は、安倍政権は「沖縄の声に耳を傾けることは一切なく、最初から進展する話はなかった」と政府の対応を痛烈に批判した。そして「全力を挙げて阻止させていただきます」と締めくくった。
7月16日、前知事が承認した辺野古埋立ての許可について、県が諮問した第3者検証委員会が4つの瑕疵があるという報告書を県に提出した。翁長知事はその報告書を最大限尊重すると明言していた。政府は知事の判断を遅らせるために集中協議を設定した。政府の焦りが出た格好だが県も協議に応じた。知事の慎重な姿勢もあるが、知事が埋立て承認を取り消した場合、国はあらゆる権力を振りかざし阻止に掛かるだろう。そして、最終的には法廷の場で争うことになる。
安倍政権の安保法制の強行採決や川内原発再稼働、そして辺野古問題等により国民の反発が増大し、内閣支持率が低下するなか、国民の反発をかわすための協議でもあった。最終協議が終わらないうちに安倍総理はテレビ番組で「辺野古が唯一の解決策だ」と言うあたり、本気で沖縄に向き合う気持ちがないことを自ら証明している。立憲主義を否定し、民主主義をぶち壊す安倍政治を許してはならない。再びこの国が戦争へと突き進む独善的政治を止めなくてはならない。
辺野古では海上作業の停止期間後の9月12日に海上作業を再開させる暴挙に出た。今後、辺野古の新基地建設に関して政府との協議は当分ないであろう。そして、これまで以上に国は、県民の分断と弾圧を繰り返し、基地建設を推し進めて来る。私たちは、如何なる圧力に決して屈することなく、粘り強く行動をとっていく覚悟だ。14日に翁長知事が埋め立て承認取り消しの手続きを始める会見を開いた。政府との本当の闘いが始まった。
(おおしろさとる)

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〔映画の紹介〕
戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)
三上智恵監督(2015年/日)

辺野古新基地反対の意思表示を毎週続け、ローソクに火をともしながら、両親と一緒に道行く車に笑顔で手を振り続ける小学生の姉妹。反対運動の渦中に生まれ、父親とともに運動の先頭に立つ高校生。反対の立場の人だけではなく、埋め立て工事にかかわる仕事についている人々。反対する人々と対峙する「うみんちゅ」の男性。三上監督は、それぞれに声をかけ、やさしいカメラワークで辺野古に生きる人々の姿を描いていきます。
印象に残る場面のひとつに、反対の立場にありながら「補償金をもらったから反対とは言えない、もうカメラは向けないで欲しい」と涙ぐむおばぁへのカメラワークがあります。ありきたりにカメラを引くこともなく、おばぁに迫ることもなく、普通に会話をする目線でとらえるなど、映画全編から、辺野古の人びとに寄り添い、愛とやさしさがあふれる姿勢があらわれています。辺野古の人びとの群像が、けっしてこぶしを振り上げ、闘いを鼓舞するものではないにもかかわらず、後から突き上げてくるような力強さを感じるのです。
琉球朝日放送のキャスターであった三上監督が前作の「標的の村」を映画にしたきっかけについてある講演の中で語っていました。「高江の住民によるヘリパッド建設反対運動、そしてその住民運動に仕掛けられた政府によるスラップ裁判の問題が、放送法の縛りから、本土では全く報道されなかったことで、民放に身を置いて伝える立場の限界を感じた」と。フリーとなった監督は、2作目となる「戦ばぬ止み」でも、沖縄の闘いの日常を記録し、映像を通して、「高江」は「高江」の問題ではない、「辺野古」は「辺野古」の問題ではないことを訴える、人々に気づきを期待する作品になっています。
安倍首相は幾度となく「沖縄の方々に寄り添い、丁寧に説明する」と発言し、その一方で強引に工事を進めてきています。このあまりにも倒錯した沖縄県民に対する姿勢と「安全保障法制は国民の安全を守るため」として戦争法制を押し進める姿勢は、全く同様のものです。私たちの気づきが拡がり、今ある民主主義の危機を乗り越え、辺野古の人びとの本当の笑顔とつながることが描かれる三上監督の次回作を期待したいところです。現在全国で上映中。詳細は、公式ホームページwww.ikusaba.comで。
(近藤賢)

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核のキーワード図鑑

核の傘 さして安心 抑止力

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勝島一博

副事務局長に就任して
9月から、退任された道田さんの後任として副事務局長に承認いただきました勝島です。出身は東京多摩地域にある自治労武蔵野市職労です。生まれは石川県で「能登はやさしや土までも」と言われた輪島市です。
さて、私が組合役員として活動してきた多摩地域は、米軍横田基地が5市1町にまたがり、夜間飛行訓練に反対する取り組みや、1990年10月21日には横田基地撤去を求めて基地の包囲行動なども行われた地域で、また、古くは、在日米軍立川飛行場(立川基地)の拡張に反対して1955年から60年代にかけて「土地に杭は打たれても心に杭は打たれない」とした砂川闘争が闘われた地域でもあります。
また、この三多摩地域では、現在でも広島と長崎に原爆が投下された「6」と「9」の日には毎月駅などを利用して核廃絶に向けた座り込み行動を継続(今年の9月で438回目を迎えています)するとともに、毎年広島の原水禁大会には「子ども派遣団」の取り組みも行い今年で34回を数えています。
私は8年前まで三多摩平和運動センターの議長もつとめさせていただき多摩地域の中で反戦・平和、反核、反基地のたたかいを学ぶこととなりましたが、風化しつつある8年前の記憶や経験を呼び起こし、改めて今後の平和フォーラムの活動を進めていきたいと思います。時あたかも、安倍政権のもと、平和憲法の危機が叫ばれ、原発再稼働、辺野古新基地建設の強行など大きく国の骨格を変える動きが強まり、やさしい能登生まれの私でも激しい怒りがわき上がってきています。
この怒りを糧に反戦・平和、反核、反基地の取り組みを強化していく所存であり、全国の仲間の皆さんのご支援とご協力を心からお願いします。

 

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