自治体の港湾管理権と地位協定(1/2)

2008.6.1 フレンドパーク石川

自治体の港湾管理権と地位協定
~ これまでの非核・平和条例運動の取り組みと金沢開催の意義 ~
講師:新倉裕史さん

□ はじめに

講師:新倉裕史さんはじめまして。横須賀から来た新倉と申します。基地の町・横須賀で平和運動、反基地運動に参加しているものです。印刷会社で働いています。
第9回の全国集会の開催を石川の皆さまが引き受けていただけるということで、うれしく思っています。
司会の方から紹介がありましたが、函館で第1回の集会が開催されて、今回9回目になりますが、この取り組みがどういうものなのか、あるいは皆さん、まだ馴染みのないテーマかもしれませんので、その辺をできるだけ具体例を示しながら、お話をさせていただければと思います。
資料をつくってきました。お手元にある「自治体の港湾管理権と地位協定」というパンフレットです。これを読んでいただければ大まかなことはわかるようになっていますので、お帰りになられてから、時間があったら読んでいただければと思います。

□ 横須賀でのたたかい

空母名刺代わりに横須賀の現状を紹介するチラシを持ってきました。司会の方からご紹介がありましたが、この8月に原子力空母が横須賀を母港にするということで、反対署名にも全国の皆さんのご協力をいただき、たくさんの署名が集まっています。横須賀では住民投票で配備の是非を決めようと、住民投票条例の直接請求を2回実施しました。でも、議会では2回とも否決をされてしまいました。
2回目の否決をされたばかりで、本当はもっと落ち込んでいなければならないのかもしれませんが、「成功させる会」に集まる市民の皆さんは、私も含めてですが、ほとんど落ち込んでいません。一つは落ち込んでいる暇もないということです。8月には原子力空母がやってくるという状況があります。もう一つは、否決はされたけど、130年、基地の町、軍隊が支配している町の中で、市民がとにかくものを言う、自分たちで決めさせてくれということで、2回続けて運動をやって、前回よりさらにたくさんの署名を集めることができました。間違いなく横須賀に新しい風が吹き始めたなぁということを実感していますので、落ち込まないでいられるのかも知れません。
1回、2回否決はされましたけど、私たちの基本的な身構え方は何度でもやるよということで、議会が否決するなら議会が音を上げるまで繰り返し私たちはやりますと宣言しています。ホップ・ステップ・ジャンプがどういう形になるのか現在話し合いが続いていますが、これまで通りのご関心を横須賀に寄せていただければと思います。
原子力空母が来るというで、これまで横須賀を母港にしていたキティホークという空母が、先月28日に横須賀を出航していきました。私たちは、ヨコスカ平和船団という運動もしているのですが、ヨコスカ平和船団の船を二隻出して、空母に対する行動をしました。そのときの声明と行動の写真を載せたチラシも皆さまのお手元に配らせていただいています。
キティホークの前で抗議行動を展開する平和船団

□ 知事や市長が反対を叫んでも、なぜ米艦船は入港できるのか

第7回の全国集会の開催地は長崎でした。長崎放送がそのときの様子をコンパクトにまとめています。それを見ていただくとだいたいのイメージがつかめると思いますので、まずビデオを上映します。

【ビデオより】
(シュプレヒコール)「 ・・・は帰れ~!」
(男性アナウンサー)2、3年ごとに長崎港に入港し続けるアメリカの軍艦。回避要請を受けても入港し続けるアメリカの軍艦を、自治体が条例を楯に拒否できるのでしょうか。次はアメリカ軍艦船の入港問題です。日米地位協定に基づいて、入港するアメリカの軍艦を、日本の条例で拒否できないか。
(女性アナウンサー)長崎市で開かれた市民グループの集会を通してこの問題を考えます。関口記者の報告です。
(レポーター)集会は法律や条例を活用した平和運動のあり方を考えようと、全国各地の市民グループなどが開きました。集会では、横須賀市の市民団体のメンバー新倉裕史さんが、法律に基づいてアメリカ軍艦船の入港を断った自治体の事例を紹介しました。新倉さんによりますと、10年ほど前から日本各地の民間港に入港するアメリカ軍艦船が、それまでの2倍に増えたということです。それは日本周辺で戦争が起きたとき、アメリカ軍艦船が民間の港を利用するのに備えて、港に慣れておくためといわれています。
こうした中、北海道の苫小牧市は5年前、アメリカ第七艦隊が指揮する軍艦が入港しようとしたとき、法律に基づいて待ったをかけました。
(シュプレヒコール)「苫小牧港の軍事利用はんた~い!」
(レポーター)苫小牧市は市郊外の港への入港については認めていましたが、入港当日になって市の中心部の港への入港を求めてきたのです。
(苫小牧市担当者)「複雑ですよね。土壇場でこういうことになったわけですから」
(新倉裕史)苫小牧市としては「東港ならわかった」ということで許可したのに、西港は苫小牧市にとっても重要な商業港の場所なのであって、そこに入港するということであれば、これは市としては認めることはできないわけです。
(レポーター)アメリカ軍艦船は、安保条約の地位協定によって日本の港に入港できることになっています。しかし港湾法で港を管理する自治体の長が入港を許可する権限をもつため、苫小牧市の市長はアメリカの軍艦の入港を断ることができたのです。
(新倉裕史)「何月何日何時に入りたい。つきましては何号の何バースに入港したい」「ではそこは空いています。どうぞお使いください」
どこに泊められますと言ってくれないと入れないのです。こういう強い許認可権というのを日本の自治体は持っています。それは米軍といえども無視はできないんです。
(レポーター)集会の分科会では函館市の市民団体のメンバー大場一雄さんが、核兵器を積んでいないという証明書を提出しなければ外国の軍艦を函館港に入港させないという市の条例制定に向けた取り組みを報告しました。函館の条例制定運動のきっかけは、10年ほど前からアメリカの軍艦が函館に頻繁に入港するようになったことがありました。大場さんらは核兵器の有無を明らかにしないというアメリカ軍の方針を利用して、非核証明書を提出しない外国の軍艦の入港は認めないという条例の制定を市議会に求めました。
(大場一雄)核兵器を積んだ船は函館の港に入れない。それをさらに条例化することによって首長個人だとかが反対です、賛成です、ということなしに、業務としてそれをできるんだということになると思います。
(レポーター)条例案は市議会で廃案になるなどしてまだ制定されていません。しかし、大場さんらは、条例案への市民や議員の賛同者を募り、再度議会に提出することにしています。
一方、長崎港にも2、3年置きにアメリカ軍艦船が入港しています。長崎県の金子知事や長崎市の伊藤市長は、被爆地の市民感情に配慮して、入港しないようアメリカ政府に要請していますが、無視され続けています。
(伊藤市長)私どもは米軍艦船が入港すべきでないということを何回も何回も重ねて言っています。非常に強い憤りを感じますね。
(レポーター)長崎でも核兵器を積んでいないという証明書を積んでいなかればアメリカ軍艦の入港を認めないという条例を制定すべきという声も聞かれました。
(大場一雄)知事も市長も入港を回避してほしい、できれば来てほしくないというふうに考えておられるわけですから、あとは議会の皆さまの同意で条例ができれば、条例に基づいて入港はできませんという断り方が当然できる。
(レポーター)市長らの入港回避要請にもかかわらず、長崎を初め全国各地の民間港に入港を続けるアメリカ軍艦船。市民グループでは条例の制定や法律にも基づく港の管理者の権限によって入港を認めないよう自治体に働きかけていくことにしています。
【ビデオおわり】

これは長崎放送のニュースのビデオですが、港湾管理権と米艦船の寄港問題、そこに立ちはだかるいくつかの問題がとてもわかりやすく示されていると思います。
長崎の例に沿って、民間港への米艦船寄港問題の現状を見ていきます。
長崎港の港湾管理権を持つのは長崎県知事です。その長崎県知事も、実際に長崎港が置かれている長崎市も、米艦船の寄港には反対と言ってます。港湾管理権をもつ長崎県知事が反対と言っているのに、なぜ米艦船は入ってしまうのか。最後まで反対を言い続けたら米艦船は入れないんじゃないか。ここがこの問題の第一のポイントです。
港湾管理権を持つ長崎県知事は、入らないでほしいという要請は繰り返し行っています。上京までして外務省に強く言っているんです。でもその一方で、地位協定5条で米艦船は日本の民間港、自治体が管理する民間港であっても入港する権利があるから、いくら港湾管理者が反対だと言っても、地位協定5条を振りかざされると断りようもない、そういう判断を自らしてしまいます。入らないでほしいと言う一方で、入港に関する事務的な手続きは同時におこなっているわけです。
私たちは自治体の港湾管理権はそんなに柔なものではないと考えています。地位協定5条より強いという主張をしているんですけども、そうだと言ってくれる自治体は少ない、これが現状です。

□ 入港を拒否した苫小牧市長

米艦艇ビデオの初めの方に出てきていた苫小牧市。ブルーリッジという第七艦隊の旗艦が約束した場所と違う場所に入港しようとしました。苫小牧市の鳥越市長、今はもう引退されたんですが、鳥越市長ははっきりとしたポリシーがあって、軍艦を入れたくない、という考えを持っている方でした。アメリカ総領事から執拗に入港要請がくるものだから、苫小牧港の一番東のはずれ、人っ子1人いないような場所、そこだったら入港していいよと言ったんですね。米軍はわかった、そこでもいいと。
ところが当日港の入口まできたら、いきなり苫小牧港の一番重要な場所、西港に入れさせろと、言い出した。鳥越さんと総領事と直談判が何時間もあって、最終的に鳥越さんはダメだ、東港ならいいといったのに、直前に西港に入れろというのは、それはダメだと、最後までがんばって、ブルーリッジは港の入り口まで来たんだけど、そのまますごすごと横須賀まで帰っていきました。
もしここで地位協定5条が本当に強いのであれば、鳥越市長が約束と違うから絶対入れさせることはできないと言っても、米軍は強引に入ってこれたはずです。でもそれをしなかった。地位協定5条の規程と、もう一方で港湾法に基づく自治体の港湾管理権、これが火花を散らして対決している、そういう現場が自治体の管理する港なんです。

□ 全土米軍基地化で焦点となる港湾

この港湾が様々な問題、特に日本の平和問題を考えると極めて重要な場所だというのが私たちのとらえ方です。日本は島国ですから、多くの軍事的行動が、港から出て港に帰ってくるというパターンをとります。島国にとって港というのは、いわば玄関先ですから、玄関先で起きている事柄は、日本全体を象徴している事柄でもあるということです。
自衛隊はどんどん外に出て行きつつある。米軍再編で、米軍基地の使われ方が変わってきている。提供施設だけでは足りなくて、自治体の管理する港湾や飛行場を基地並みに使わせろという要求がずっと続いていて、そうした米軍の日本全土を基地化するような動きの中で、港湾が焦点となっているわけです。
そんなところを、OHPを使って紹介していきます。
まず、全国集会の足取りです。函館からはじまって、横須賀、鹿児島、神戸、新潟、小樽、長崎、東京。横須賀は基地の町で、民間港ではありませんが、横須賀を母港とする米艦船が、民間港に繰り返し出かけているということがあって、開催地となっているんですが、基本的には、港を抱えるそれぞれの地域の人たちの協力での全国集会は運営されています。
そもそものこの集会の発端ですが、日米新ガイドライン、1997年に合意したものですが、その中で強調されたのが、自治体の力と民間の力を米軍が行動するために利用するということでした。そのための法的根拠となる有事法制を整備しなさいというのが、新ガイドラインの中の米軍の要求です。日本政府は「はい、わかりました」と言って、合意した中身を実行するために有事法づくりがはじまりました。

□ 米軍が求める自治体の力、民間の力とは?

米空母最初につくられたのが周辺事態法という法律です。自治体の力、民間の力を活用するというのはどういうことなのか、なかなかイメージがわかない。新ガイドラインが合意する直前、日本列島中に米軍の艦船が立て続けに入りました。それの最も象徴的な入港先が、空母が入った小樽です。これまでたくさんの米艦船が民間港に入港していますけど、空母が民間港に入ったのは初めてです。私たちは、横須賀を母港とする空母ですから、それを置いている市民の責任ということも考えまして、小樽まで平和船団を持っていって、海に船を浮かべて抗議行動をしました。その後、自治体の力、民間の力がどんなふうに使われるのかを細かく調べました。
まず、空母インディペンディンスが着岸するときに、自治体の能力が活用されています。タグボートが三隻います。これだけ巨大な船は自分では着岸できない。タグボートが押して着岸する。船首と船尾のタグボートが、小樽市営のタグボートです。これを操縦している人は小樽市職員ですね。組合員でもあります。真ん中のタグボートはお隣の石狩新港から来た民間のタグボートです。この段階で、自治体の能力と民間の能力が活用されているわけです。
横須賀基地であれば当然これは米軍がもっています。艦船が入港するとき、出港するとき、タグボートが支援をします。ところが民間の港に入るときはタグボートを引き連れて行くわけにはいかないから、全部、こうした力を現地で調達しなければいけない。これが自治体の力であったり、民間の力であったりします。
水道のホースにつながれたもし、これが有事であればどうなるか。実際に私たちは小樽の市職労のみなさんと意見交換したんですが、戦争協力させないと言うことで、タグボートの運転手さんに業務をしないという指令を組合がすることも考えうるとおっしゃっていまいた。もしそうなれば、民間の港を米艦船が使おうと思っても、着岸することすら困難になってしまう。そうならないために、嫌だと言えない、そういう法的な仕組みをつくろうとするのが、新ガイドライン以降の米軍の要求であり、日本政府がそれにもとづいていろいろつくってきた一連の有事法の本来的な役割です。
これは小樽市営水道のホースです。着岸するとすぐにホースが空母の中に入っていって、五日間で3500キロリットルの水道水が空母の中に入りました。水道職員が立ち会うんですけど、徹夜作業をさせられたと聞いています。これも小樽市の自治体としての能力、それを空母が活用した。
ゴミが収集される空母からはたくさんのゴミが降ろされました。全部で37トンのゴミが降ろされて、回収車がそのゴミの処理をしました。実際にやっているのは、民間委託ですので民間の業者ですが、全体の能力で言えば小樽市の能力ですね、焼却の処分場までもっていくということで。
あるいは食糧、たとえば4トントラック10台分の焼きたてのパンとか、10トントラック2台分の生鮮野菜とか、そういったものが運び込まれます。これは民間の能力です。
本来、基地であれば、基地全体でこういうものを準備して積み込むということをします。ところが民間港では、こうした能力のすべてにおいて、自治体が持っている力、民間が持っている力を活用する以外にない。
インディペンディンスが小樽に入港際に、いろいろ調べて、こういう能力をいざ有事の際、拒否されないように米軍、あるいは日本政府が自治体の力、民間の力を縛り上げる。そういう法的な根拠を必要としていることが非常によくわかりました。

□ 急増する米艦船の民間港寄港

急増する米艦船の民間港寄港次ぎは民間港への米艦船の寄港の年次データです(資料参照)。それまでも年に10回ほど入港していたんですけど、新ガイドライン以降、それが倍に増えました。米軍再編問題がでてきてからさらに増えて、日本の民間港への米艦船の入港は本当にたくさんになりました。
ここで一つ疑問があります。周辺事態法からはじまってたくさんの有事法制をつくった。そういう有事法制をつくれば、自治体や民間が拒否できない。だとすれば、こんなにしゃかりきになって、実績を積み重ねる必要はないですね。なんで有事法制がつくられたにもかかわらず、米艦船の寄港が増えているのか。これを一つの謎と考えるかどうかでだいぶ判断が変わってきます。私たちは、これは一つの謎だと考えました。有事法制によって、いざというときには自治体が管理する港湾を、いくら自治体が港湾管理権をもっていても、米軍が好き勝手に使うことが法的に保証されていれば、こんなに夢中になって自治体の民間港へ、実績づくりのために船を入れる必要はない。そう考えました。
私たちは以下のような仮説を立てました。
周辺事態の自治体、民間協力周辺事態法以降つくられたいくつかの有事法制は、基本的には力がない。自治体がもっている港湾管理権が、そのことによって封印されるということはない。実は米軍こそがそのことをとてもよくわかっているので、日本政府に有事法制をいくらつくってもらっても安心できない。だから、毎回毎回、自分たちの力で入港の実績をつくって、それぞれの港で、管理責任をもつ首長が反対と言わないよう、「もうどうぞご自由にお使いください」と言うように、自治体の側が白旗をあげることを期待して、米艦船の寄港をどんどん増やしている。
その仮説通りのことが、その後の周辺事態法、あるいはそれ以降にできた武力攻撃事態法までも含めて、いくつかの法律の中で明らかになってきています。周辺事態法9条1項は、有事の際に自治体が管理する様々な施設を米軍のために使うという法律です。
「関係行政機関の長は、法令及び基本計画に従い、地方公共団体の長に対し、その有する権限の行使について必要な協力を求めることができる。」
周辺事態法9条によって、どのような協力要請があるのか。日本政府は、13項目を例としてあげました(右図参照)。周辺事態が起きたときに、米軍のために自治体や民間がもっている能力、どんな能力が期待されているのかを整理した表です。
9条1項に基づいて行う自治体に対する要求の筆頭が、自治体の管理する港湾施設の使用です。有事の際、米軍が求める項目のトップです。もちろんこれは、日本が島国だからです。その港湾を自治体が管理している。このことが米軍からすれば実にやっかいなことなんです。で、自治体の協力の具体例の二番が空港の使用です。つまりこれは、米軍基地並みに自治体が管理する港や飛行場を使いたいということです。

□ 周辺事態法に自治体から質問が集中

周辺事態法がつくられたときに、名指しで自治体の能力を使うぞといわれたものですから、関係自治体が相当反発をしました。そして、周辺事態法の法的な力、それについてたくさんの自治体から日本政府に質問が集中しました。日本政府はそうした自治体を説得するために、こういうパンフレットを作りました。「周辺事態法9条の解説」。この中で、港湾施設を有事の際に使う、そのときの周辺事態法がもっている法的な力について、こう解説しています。
講演会中の会場内「米艦船は、地方公共団体が管理する港湾施設を使用しようとする場合、周辺事態おいても通常の場合と同様、地方公共団体の長の許可を得る必要がある。」
有事のときに米軍が好き勝手に自治体が管理する施設を使えることを目的につくった周辺事態法でも、結局平時と同様、許可を得なければ使えない、そう日本政府は解説します。
周辺事態法はもちろん有事法で、実際とんでもない法律ではあるんですけど、その一方で、戦後の日本の自治体の力は、たくさんつくられた有事法とガチンコ勝負ができる。それだけ強い力をもっている、というのも忘れてはならないことだと思います。
それはなぜかというと、憲法に国家の非常大権というのが盛り込まれていないからです。だからいくら有事法をつくっても、有事法そのものが港湾法等、たくさんある個別法の上に君臨する法律としては作られていない。個別法の横に並んだだけなんです。いざ、有事の際には、通常ある個別法の力を全部止めて、有事法がすべてを決するというような、国家非常大権的なあり方を日本国憲法は認めていませんから、有事法はたくさんつくられてはいるんですけれども、結局は個別の有事法と現行の個別法と、それぞれ読んで、どちらの側がいま使えることなのか、どちらの側に従わなければいけないのかということを、それぞれの部署で、判断するということになります。
自治体の質問の中にこういうのがありました。
「日本政府と法律の解釈において違いが出たときにはどうするのか」
日本政府の答えは、「司法の手に委ねる」です。日本政府の判断が絶対で、それが通るんじゃなくて、裁判所がそれを判断するべきだと言ってるんです。有事法の方が強いと日本政府は言うかもしれない。けれども自治体は港湾法の港湾管理権の方が強いと言う。そのとき、アンパイアは裁判所なんです。日本政府がその判断を下した自治体を訴えて、その判断が間違っていると裁判所に訴えて、審議をして、裁判所が日本政府の言うとおりだということにならない限り、日本政府の判断を押しつけることはできない。そう、日本政府は答えているんです。
あるいはこういう質問をした自治体もありました。
「条例によって拒否することは可能か。」
日本政府の答えは「可能だ」です。ただしその条例が合法であるという条件付きです。これは私が言ってるんじゃありません。日本政府が「周辺事態法9条の解説」という冊子の中で言ってるんです。つまり米軍が日本の民間港を好き勝手につかうことができるようにつくられたはずの法律の実際の強さを、日本政府はこのように解説せざるをえないということを、米軍もよく知っている。だから有事法をたくさんつくっても、ひとつも安心できない。港を好き勝手に使うためには、自分たちが実力で開拓をして、管理者が「もう抵抗しません」というまで入港を繰り返す。それがさきほど紹介した、入港回数がどんどん増えているということの一つの理由だというのが私たちの判断です。
基地を抱えている市町村のストレートな質問もありました。
「拒否をしたらどうなるのか。制裁はあるのか。」
これに対する日本政府の回答ですね、こういうふうに言ってます。
「地方公共団体に対して強制するということではなく、あくまでも協力を求めるものであり、協力要請に応えなかったことに対する制裁的な措置をとることはありません。」

□ 自治体の平和力を過小評価すべきでない

もちろんこれは空手形だと、日本政府は自治体を敵に回すのは得策ではないという判断があって、実際はそうではないんだけど、とりあえずそのように言って、自治体の警戒心、自治体の抵抗をあらかじめ削ぎ落とす。だから日本政府がこんなふうに回答したからといって、それを額面道理に受け取るのは甘いんじゃないかという批判を私たちはずっと受けてきました。
あるいはその指摘はあたっているかもしれません。有事の際にそんな約束なんかした覚えはない、そう日本政府はいうかもしれません。でも私たちは、いま、現段階でこのようにしか回答できない日本政府、そして日本政府の回答を引き出している自治体の(私たちはそれを平和力と言っているんですが)力を過小評価すべきではないと思うのです。まったくの空手形かもわからないけれど、いま平時のうちにこうした力関係、こうした有事法の法的な判断を、地域の人たちが自治体と一緒になって、現場に持ち帰って定着させる。このことが有事の際にも政府の回答を空手形とはさせないことに、まちがいなくつながると考えています。そういう準備をいまから始めることができるし、その準備こそが、有事の際にも大きな力を発揮することができるだろうというのが、私たちの問題の整理の仕方です。

□ 米軍が頼りたい周辺事態法に力はなし

武力攻撃事態対処法

周辺事態法はたしかに罰則もないし、強制力もないけれど、その後にできた武力攻撃事態法等々がさらに強い法律としてつくられたから、たしかに周辺事態法では強制力はないけれど、武力攻撃事態法では、そうではないんじゃないかという考え方、意見もあります。これも、国会答弁などでは、基本的にはその後つくられたいくつかの法律もすべて法的な性格は周辺事態法と同じだと日本政府は答弁をしています。
これは周辺事態法以降つくられた有事法の一覧です。実際に米軍からすると一番頼りにしたいのは、周辺事態法なんです。その後のすべての法律は国内有事です。国内有事の際に発動する有事法として整備されてます。国の外での有事、つまり周辺事態に対して発動する法律として、米軍の活動に対して力を発揮しようとしているのが周辺事態法ですから、米軍の活動ということで焦点を定めると、周辺事態法が持っている法的な力の検討というのがとても重要になってくると私たちは思っています。
米軍再編の日米の協議が続けられていますが、民間港の使用をめぐって、日本政府とアメリカ政府は周辺事態法には力がないということを話し合っています。だからどうするか。一つは周辺事態法の改正、もっと強力な罰則規定を設けるとかというように改正する。もう一つは周辺事態法にもう頼らない。この二つが話し合われています。
周辺事態法の改正は、私は基本的には難しいと思います。もしそういうことが法的に可能なら、はじめからそういうふうに作っているはずです。しかし、そうはなっていない。法的な限界はいくら改正しても、たぶん突破することは無理だと思います。結局米軍は、新たにつくられた法律は当てにならないと考えていて、どこに戻ってくるかというと、地位協定5条です。

□ 長崎新聞社説の波紋

長崎新聞・論説記事地位協定5条の前に長崎のことについてもう少しお話しします。長崎では、さきほどのビデオにもありましたが、県知事、長崎市長そろって入港に反対で、東京まで人を派遣したり、日本政府に直接の要請活動を繰り返しました。それでも米海軍は入港を強行しようとする。こうした事態に対して、長崎新聞が社説(正式には論説)を書きました。長崎入港を、港湾管理者が入港してくれるなと言っているのに強引に入港する米艦船イージス艦について、「『核・軍艦慣らし』は許さない」という論説ですが、地元自治体の意向に沿ったはっきりとした主張です。
これに対して在日米海軍ケリー司令官が、「あんなふうに言われたら、まじめに一生懸命頑張っている兵士たちがかわいそうだ、ついては長崎新聞に私の反論を載せてほしい」と言ったんですね。これは非常に注目すべきことです。なんで在日米海軍司令官は反論の掲載を求めたのか。
イージス艦の長崎寄港に市長や知事が反対ということで頑張っている。市民もそうだと思う。そして長崎のオピニオンである長崎新聞が米軍に対してけしからんという社説を載せる。放っておいたら大変なことになる。いまのところ入港反対だという政治姿勢は示すけれど、実務作業では入港の手続きを粛々とやっている県知事が、考え方を変えて、入港手続きそのものをやらないということになったら、どうなるか。現にそうやって入れなくなった地域がたくさんある。米海軍はすれすれのところにいる。そういうことがわかっているから、長崎新聞に反論の掲載を求める。反論の掲載を求めるというのは長崎新聞に対する恫喝であるだけでなく、それを読む長崎県民に対する教育なんですね。そこまで考えて反論を載せろという要望だと考えて間違いないでしょう。
長崎新聞はこの要求は断りました。その上で、いきさつをまた別のコラムで書きました。地域まるごと米艦船の寄港問題というのが、こういうふうに政治焦点化しているということをおわかりいただければと思います。

□ 地位協定による米軍の特権の裏には国内法が存在

日米地位協定 第5条(公の船舶・航空機の出入国、施設・区域への出入権)
1 合衆国及び合衆国以外の国の船舶及び航空機で、合衆国によって、合衆国のために又は合衆国の管理の下に公の目的で運航されるものは、入港料又は着陸料を課されないで日本国の港又は飛行場に出入することができる。この協定による免除を与えられ ない貨物又は旅客がそれらの船舶又は航空機で運送されるときは、日本国の当局にその旨の通告を与えなければならず、その貨物又は旅客の日本国への入国及び同国から の出国は、日本国の法令による。
2 1に掲げる船舶及び航空機、合衆国政府所有の車両(機甲車両を含む。)並びに合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族は、合衆国軍隊が使用している施設及び区域に出入し、これらのものの間を移動し、及びこれらのものと日本国の港又は飛 行場との間
を移動することができる。合衆国の軍用車両の施設及び区域への出入並びにこれらのものの間の移動には、道路使用料その他の課徴金を課さない。
3 1に掲げる船舶が日本国の港に入る場合には、通常の状態においては、日本国の当局に適当な通告をしなければならない。その船舶は、強制水先を免除される。もっとも、水先人を使用したときは、応当する料率で水先料を支払わなければならない。

地位協定にもどります。資料のパンフレットに地位協定5条1、2、3項の全文を載せていますからあとで読んでいたらければと思いますが、米艦船の民間港寄港について、日本政府、外務省の言い方は、地位協定5条の第3項で「通告をすれば日本の民間港に米艦船は入港できる」と書いてある、です。この解釈があって、自治体は拒否できないと判断してしまう。
地位協定の5条にはいくつか米軍に対して「特権」を与えています。ひとつは水先案内人を乗せなくてもいい。大型船舶が港に入るときは必ず水先案内人を乗せることになっています。そのことによって安全確保がおこなわれています。だけど米艦船には乗せなくてもいい。それから使用料を払わなくてもいい。地位協定5条にはそう書いてあります。これらはすべて米軍に与えている「特権」といわれているものです。
ところがここからが種明かしですが、地位協定にそう書いてあるからこの「特権」がそのまま米軍に生まれてくるかといえば、決してそうではないんです。たとえば水先案内人を乗せなくてもいいとするために、安保特例法という、地位協定にもとづく特別な法律を日本政府はつくっているんですが、その中に、水先案内人等特例法という法律があります。法制度の中では水先案内人を乗せなければいけないことになっているけれど、米軍に対してはその義務を免除するということを定めた日本の法律です。米軍はこの日本の法律を守ることによって、水先案内人を乗せなくてもいいという権利を獲得するわけです。
地位協定について地位協定に書いてある、そのことだけで水先案内人を乗せなくていい、という権利が手に入るのではなくて、国内法的な整備をきちんとした上でないと、条約でいくら約束した中身であっても、そのまま米軍はそれを手にすることはできないという仕組みです。軍隊といえども法の下の支配に入らなければいけないという法治主義の当然の結果です。よく米軍は好き勝手をやっていると思われがちなんですけれども、決してそうではありません。いろんな法的な整備があって、はじめて、米軍の好き勝ってというのが生まれているんです。
もうひとつの港湾の使用料の免除。実際に民間港に入れば使用料の支払の義務が生じます。ところが米軍は払っていない。どういう仕組みで払わないですむかというと、日本政府が、本来米軍が払うべき分を払っているからなんです。もちろん私たちの税金です。「非提供港湾施設損失補償要領」というタイトルの通達があります。非提供というのは基地ではないということですね。民間港を使ったときに生まれる損失を補填するという手続きを書いた防衛施設庁の訓令、これが法律に準じたものですから、これによって港湾管理者は日本政府に米軍が本来払うはずの使用料を請求します。日本政府は請求されたお金を自治体に支払う。だから米軍はただで使うことができる、というわけです。つまり米軍が地位協定上与えられた「権利」によって、それでただで使っているというわけではなくて、日本政府がお金を払っているからただで使うことができるだけなんです。


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