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石川県平和運動センターは労働組合とPEACEネット会員で構成し、議員、市民団体などと連携する反戦・平和団体です。1989.9県評センター2000.9連帯労組会議を経て誕生 平和憲法を活かし反戦・平和 反核 脱原発 環境 教育 人権などを取組む。信条の一つに「信頼は専制の親である」:国民が政府を信頼すると専制政治を生み出してしまう、「猜疑心こそが民主主義国家を作る」がある。画像は改憲に反対する集会 米軍B1爆撃機と共に「核威嚇」する空自小松の戦闘機 「戦争法」成立により「参戦」準備を進め「先制攻撃」体制を強化している。絵は抽象画 熊谷守一氏の紫陽花、蟻・・、辺野古、友禅作家志田弘子さんの母と子・・。団結して平和人権環境を破壊する政権を倒し平和で自由な世界を創ろう!


金沢で生まれた筆者は、沖縄が日本に復帰する5年前に琉球新報社に入社し、1969年にパスポートを持って船で那覇に渡った。本土防衛のため捨て石にされた沖縄。戦後日本はその沖縄を見捨てたままで高度経済成長を遂げた。日本はこれでよいのか、沖縄をなんとかすべきではないのか、という強い願いを筆者は抱いていた。
それから半世紀が経過したが、その願いはいまも叶(かな)っていない。
冒頭で、辺野古の工事強行に抗議する年配の人たちのことが書かれている。米軍との戦いだった沖縄戦は、食料を奪い、避難する住民を壕から追い出し、スパイと見なして殺害する日本兵も、沖縄の住民にとって恐ろしい存在だった。
抗議する沖縄県民を「土人」と呼び捨て、その機動隊員を擁護する安倍政権の強権的な姿勢は、沖縄戦のこの日本兵たちの記憶を呼び起こす。私自身、沖縄で暮らしていた時に、幾度もこうした酷(ひど)い日本兵の仕打ちを聞かされた。昔の出来事では済まされない。
本書は、民主党が政権を担った2009年前後から現在に至る主要な出来事を背景に、普天間飛行場問題を中心に考察している。
確かに筆者が指摘するように、“癒しの島”沖縄の人気は全国的に高いが、沖縄の人々が願っている基地問題への関心は、東京でも他人事(ひとごと)で希薄である。そして3年前の仲井真前知事がそうだったように、「沖縄は結局、カネで転ぶ」と内心、考えている人が多い。
だが書名の「沖縄の乱」が示唆するように基地の過重な負担を長年にわたって強いられ続けてきた沖縄の我慢は限界にきている。「戦後70年も経(た)ち、戦後100年に向かおうというこれから、米国の従属国のような国情になっている日本の姿を変えなければならない」と筆者は主張し「沖縄が変われば日本が変わる」とも述べている。
大統領選挙で勝利したトランプ氏は、日米安保体制の見直しに言及している。沖縄の基地問題を日本全体の問題として考えるチャンスであってほしい。(江上能義・早稲田大大学院教授)
東アジアの情勢が緊迫している。
北朝鮮がくり返す核兵器とミサイルの実験、これを抑え込もうとする米韓の合同軍事演習と米中、日米、さらにロシアを加えた周辺諸国の駆け引き。各国の政治権力が最新の軍事力を誇示しながら争っている。
互いに強がって見せているだけで、たいしたことは起こるまい、という見方もある。私たちもそう願っている。
しかし、北朝鮮は特異な独裁制を敷いている。他方、関係諸国のなかには、最高権力者が不在の国もあれば、最高権力者だけ決まっていて、閣僚以下要職の多くが空席のままの国があり、また両方が揃っていても、国内議論がきわめて乏しい国や、次々発覚する政権スキャンダルの火消しにやっきで、硬直した思考に陥っている国もある。これらの国々の政権下に私たちは暮らしている。
この現実を、私たちは見過すわけにはいかない。緊迫した情勢下では、しばしば強圧的な言動が勢いを増し、冷静な判断を狂わせることがある。歴史は、戦争の惨禍が権力を持つ者らの短慮によって、民主主義の機能不全の隙間を縫うように引き起こされてきたことを教えている。そして、生命財産を奪われ、傷つくのはいつも名もなき人々であった。
日本ペンクラブはこうした歴史に翻弄されながらも、悲惨を直視することから出発した作家・表現者の集まりである。私たちは一方で、過去の経験を振り返り、もう一方で、昨今の世界各地で頻発する暴力の応酬を憂いつつ、いま目の前に展開する緊迫した情勢を甘く見るべきではないと考える。
北朝鮮指導部は、核実験その他の軍事的挑発をただちにやめなければならない。
そして、周辺諸国政府は軍事力をもてあそぶことなく、あくまで平和的に解決する努力をつづけるべきである。
私たちは日本と東アジアに暮らす多くの人たち、そして世界の友人たちに、北朝鮮をめぐる情勢に目を凝らし、自国政府の動きを点検し、この地域に平和と安定と自由をもたらす努力を重ねてくださるよう訴える。
教育勅語は、明治天皇が首相と文相に自ら与えた勅語であり、文中では「爾臣民」(なんじしんみん)、すなわち国民に語りかける形式をとる。
まず皇祖皇宗、つまり皇室の祖先が、日本の国家と日本国民の道徳を確立したと語り起こし、忠孝な民が団結してその道徳を実行してきたことが「国体の精華」であり、教育の起源なのであると規定する。続いて、父母への孝行や夫婦の調和、兄弟愛などの友愛、民衆への博愛、学問の大切さ、遵法精神、一朝事ある時には進んで国と天皇家を守るべきことなど、守るべき12の徳目(道徳)が列挙され、これを行うのが天皇の忠臣であり、国民の先祖の伝統であると述べる。これらの徳目を歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに天皇自らこれを銘記して、ともに守りたいと誓って締めくくる。
12の徳目
父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
恭倹己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
学ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
以テ智能ヲ啓発シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
徳器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)
進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)
一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)