人生を歩むとき、「言葉」と出会う

(政府への)信頼は専制(政治)(生みの)親である

    自由な政府は、信頼ではなく猜疑心に基づいて建国される 

                ※アメリカの建国宣言も起草した、米国第3代大統領トマス・ジェファーソンの言葉 

「人間はいずれ死ぬが法律は死なない(改悪もされる)。共謀罪が子や孫の代にどのように使われるか、いまが大事なとき」 

                      (反対声明の記者会見場で) 日本ペンクラブ会長  浅田次郎さんの言葉

 (辺野古や高江の基地に反対する闘いは)

「沖縄の怒り」ではない  私たちの怒りだ                ※北陸中日新聞     平和の俳句より

「あなたはどこん国の総理ですか」2017.8.9河野浩一(ヒバクシャ 原水禁国民会議議長)さんの言葉  (国連の核兵器禁止条約に署名しない安倍首相を直接批判した。)

クリント・イーストウッド 

戦争を美しく語る者を信用するな、彼らは決まって戦場にいなかった者なのだから。

「大君の/御楯となりて/捨つる身と/思へば軽き/我が命かな」                                                                                                                         横山小一さん       ベニヤの船に250キロ爆弾を積んで夜間に敵艦に体当たりする水上特攻隊に所属して、沖縄で亡くなった。

私たちは、戦争を「絶対悪」と認識しなければなりません。戦争からは、何も生まれません。戦争は国土と人心を荒廃させます。人々の心に残るのは悲嘆と怨念です。戦争に聖戦などというものはありません。戦争は、老人が決め(ジイサンが宣戦布告し)、中年が命令し(オッサンが進軍ラッパを吹き)、青年が戦う(アンチャンが殺し合いをする)理不尽極まりないものです。戦争は国家が国民の基本的人権を蹂躙し、国民に他国民の大量殺人を強制するものです。

三重県桑名市が、被爆者団体と共催している原爆写真展から、遺体などの一部の写真を展示から外したことが報告されていた。投稿者の伊藤智子さんは、「原爆の図」で有名な画家の丸木俊さんの「体験しなければわからぬほど、お前は馬鹿か」との言葉を引いて、「子どもが原爆の衝撃的な写真や絵画を見て怖がったなら、それはまさに体験していないのに想像し、わき上がった感情ではありませんか」と語っている。事実を隠して何を伝えようとするのか。

「オプティミズムをやめよ/眼を開け/日本の人々よ/日本は必ず負ける/そして我ら日本人は/なんとしてもこの国に/新たなる生命を吹き込み/新たなる再建の道を/切りひらかなくてはならぬ」                                                       ※オプティミズム:楽観主義

学徒出陣で航空隊員となり戦死した林尹夫さんの言葉

人生で「賭け」をしてはならないときが「二度」ある  それは、お金のあるときとないときだ 

※「トムソーヤの冒険」が売れ、莫大なお金を儲けたトゥエインは賭け事にも興じた。そのマークトゥエインの言葉だ。身に染みる人が一杯いるのでは?

 

無知は無理解を生む、そして無理解は憎悪となる。

※太平洋戦争でお互いを憎み殺し合い、それゆえ、お互いの国民を「みな殺しにしたい」ほどの憎悪にかられ、その憎悪に自分自身が苦しんだ。しかし、それを乗り越え、それぞれが到達した「言葉」である。ナショナリズムは憎悪を助長する。

真珠湾攻撃を指揮した淵田美津雄さんの述懐

ジャーナリストとは

自分で知って、調べて、考えること。中立ではなく独立を。                      『「現行犯」は犯人ではなかった』。真実を追及して解明した原寿雄さん(故人)の言葉

 

「諸君は、自分の仕事をなくすことを目標にせよ」 米国第34代大統領ドワイト・アイゼンハワーの兵学校卒業式での祝辞

今の憲法、「できないのは戦争だけ!」   2016第53回護憲大会(富山県)発言より

ヘリパッド建設阻止! 「戦わないためにいま、闘っている」 沖縄・高江で闘う“おばぁ” の言葉

教育勅語の「どこが悪いのか」 木を見て森を見ない森友学園籠池理事長の言葉。アベさんに「梯子を外され」て怒り心頭。「㊙」をつぎつぎと暴露している・・。

 

ダラ幹が   争議を売れば   あがる株  鶴彬(つるあきら 反戦川柳作家)

ダラ幹に   なってスパイに   敬まわれ  鶴彬(つるあきら 反戦川柳作家)

(共謀罪を) 人民に問えば  ゼネラルストライキ! 鶴彬(つるあきら反戦川柳作家)

シンガー山崎まさよしさんの言葉

自国の軍隊を持たないで子供を守れますか? というナショナリストに反論しています。(HP参照)

 

ナチスの障害者虐殺を検証

どんなことにも、どんな戦争にも、どんな悪行にも、必ず最初がある。あるいは前触れがある。その段階で気づく力、ここが問われてくる。
社会的に弱い立場、障害者に問題が表れやすい。これが前触れの警鐘であるととらえる事がダイジ。      (日本障害者フォーラム議長 藤井克徳さん)

命の価値を尊重しなくなると、人を殺せてしまう。
これは過去の歴史ではなく、現代につながる。私たちは、人間を改良しようと考えるべきではありません。社会の中に、病い、障害、苦悩、死が存在することを受け入れる。こういった意見が少なすぎます。命に関する問題に直面したとき、他人の価値観に振り回されていないかそれがもたらす結果まで想像できているか、と、自分に問うことが必要。             (ナチスの障害者・ユダヤ虐殺の前には精神病患者虐殺があった。それを検証する第三者委員会  ハンス・ヴァルター・シュムール教授の言葉)

 

(いま)大変なことになっている。戦争の足音に敏感すぎることはない。戦争の危機には過剰に怯えなきゃいけない。怯えすぎることはない。もし、間違いだったら後で笑えばいい!                                                    映画監督 大林宣彦さん

 

「戦争になってからでは反対できないのです、いま戦争反対を声を大にして叫ばなければならないのです。」         

 元七尾市議会議員 松田清良さん(故人) 九条の会・七尾 「97だより」より転載

リアリティを持って戦争を、 自衛隊を語ろう                                               2017年12月 2日

 11月11日、横浜市にある「教科書・市民フォーラム」主催で、室蘭工業大学准教授の清末愛砂さんの「賢明な選択としての平和主義」と題する講演会に参加した。

パレスチナのキャンプで活動していた清末さんは、ある日、イスラエル軍のまさに尋常ではない攻撃に目を開けた。その時、壁に銃弾が当たって窓枠に火の玉を見たという。ひたすら壁を打たれ続けている。パスポートを入れた鞄を手にしたが、腰を抜かして動けなくなった。「死にたくない人間が、生きられないと感じる恐怖と残虐性」、それは、イスラエル軍の自衛の名の下に行われる。清末さんは「自衛」とは、残虐になれない人間が残虐になるための手段だと述べる。

紛争地はまさにこれが日常、現代の戦争なのだ。東京新聞に「改憲派からは、護憲派は空想論的平和主義者との批判があるが、私はとても現実的な平和主義者だ。パレスチナやアフガニスタンで非暴力運動や難民支援に取り組んだ経験があり、安倍晋三首相よりもはるかに戦闘地や紛争地の現実を知っている」「自衛の名の下に暴力が増大する。武力に抑止力なんてない」と、清末さんは書いている。

多くの改憲派が安全保障の充実を取り上げる。武力の抑止力、安全保障が平和を作るといわんがばかりだ。しかし、清末さんは「人権のない平和は意味がない」という。私も同感だ。一人一人の命が守れなくて何の平和だろうかと思う。満州侵略も、対米開戦も、すべては「自衛」の名の下に行われ、日本を守るとして何百万という血が流され、命が失われた。「他国の脅威からわが国を守る」とする戦争法は、これまでの専守防衛論と違い、米国との集団的自衛権行使のなかで自衛官に多くの犠牲を伴うに違いない。それが戦争だ。だからこそ、平和憲法とそのことを具現化する平和外交がまさに重要だ。自衛隊を憲法に位置づけては、平和主義が意味を失う。

「日本の美しい憲法をつくる会」(日本会議のフロント組織)は、「災害救助などでお世話になる自衛隊を日陰者にしていいのか」と主張する。

自衛隊は災害救助隊なのか、違う。その本質は軍隊だ。ある日、一発の銃弾が人の頭を吹き飛ばす現実を、いかにリアリティを持って伝えるか。改憲阻止の闘いはそこにかかっている。災害救助などという欺瞞で自衛隊の本質を隠してはならない。

平和フォーラム藤本共同代表

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