ジャーナリスト豊田 直巳さん「後藤健二さんたち殺害事件と集団的自衛権体制」

後藤健二さんたち殺害事件と集団的自衛権体制
無責任な安倍政権 武力では何も解決されない
ジャーナリスト 豊田 直巳

それは突然のことではなかった
いま思うと、それは突然ではなかったのだろう。1月20日午後のNHKのBS放送を観ていると、テレビ画面に見覚えのある顔。しかし、その姿は異様ななりをしていた。オレンジの囚人服のようなTシャツを長くしたようなものを被って、隣には黒服の男がナイフを手に、何かアジテーションのようにカメラのマイクに向かう。後ろで結んだ長い髪が丸刈りにされた後藤健二さんに間違いなかった。
しかし、私にとっても救出劇は、本来ここから始まるべきではなかった。昨年11月頃だったと思う。ジャーナリスト仲間から「豊田さん、後藤さんが行方不明になっている話は聞いているか?」と掛かってきた電話で、彼がシリアに行くと言ったままに「消えてしまって」いたことは知っていたのだから。しかし、その時は10月末に彼が出国したこと、シリアに向かったこと、どこかで連絡が途絶えてしまったこと以外の詳しい事情は、その電話をくれた友人も知らなかった。
しかし、もう一方で、後藤さんと一緒に冒頭のテレビ画面に写っている湯川遥菜さんの「イスラム国」による拘束事件については、私も少し知っていた。実は私も43名の原告の一人である特定秘密保護法の違憲確認訴訟の裁判報告会で常岡浩介さんの話を聞いていたからだ。常岡さんはイスラム教徒であるだけでなくイラク、シリア、あるいはアフガニスタン、チェチェンの取材経験も豊富。彼は、イスラム学者の中田考さん(元同社大学教授)と一緒に「イスラム国」に向けて出発予定だった。その前日に警視庁公安部外事三課にパスポートや携帯電話、コンピューターを没収されて、出発を阻止されていたのだ。
常岡さんによれば、彼らは10月前半に「イスラム国」から「入国」の許可を得て、「イスラム国」が準備している「湯川さんの裁判の通訳と立会人」として、一度シリアに入り、しかし、現地の戦闘の激化で湯川さんにも会えずに帰ってきていた。そして、改めて湯川さんの「裁判」に向けて出発しようとしたところ、法の成立後初の適用となった私戦予備・共謀罪で逮捕された北大生の事件に関連しての家宅捜査を受けたと言う。
この湯川さん救出作戦とも言える常岡さんたちの「イスラム国」行きが実現していたら、その後に後藤さんが「湯川さん救出」にシリアに向かうこともなかったことを思うと、日本政府は「二人の人質救出に何もしなかった」のではなく、その真逆のことをしたと言えるだろう。

外交的手段で解決する道を
その後は、マスメディアでも報じられているように、後藤さんの妻に「イスラム国」から身代金の要求があり、その情報は安倍政権にも伝えられていた。後藤さんが殺害されて以降、安倍政権は後藤さんたちの拘束相手が「イスラム国」と特定出来ていなかったと言い訳するが、言い訳にもならないことは論を待たないだろう。特定できなくとも「イスラム国」と想定しての対処が要求されていたのだから。
そればかりか、まるで宣戦布告するがごとくに安倍首相自らが「『イスラム国』と戦う諸国に援助」をカイロで明言する。あとは戦争の論理になってしまったのは、テレビや新聞で報じられたとおりだ。だからこそ、もう一度「戦争当事者たち」は頭を冷やし、暴力を排して交渉のテーブルに着くことを願って、私の参加する日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)は、日本語と英語、そしてアラビア語で声明を発した。(1月20日)「私たちは、暴力では問題の解決にならないというジャーナリズムの原則に立ちます。武力では何も解決されない現実を、取材を通して見てきたからです。『交渉』を含むコミュニケーションによって問題解決の道が見つかると信じます。(中略)私たちは、同時に日本政府にも呼びかけます。あらゆる中東地域への軍事的な介入に日本政府が加担することなく、反対し、外交的手段によって解決する道を選ぶようにと」(JVJA声明より)

安倍政権は交渉窓口を閉ざした
しかし、安倍政権は交渉窓口を閉ざすことを宣言するかのように、アラブだけでなくイスラムの敵であるイスラエル国旗と日の丸を並べた前に立って「テロ」を非難してみせた。2億ドルを要求する「イスラム国」は、その限りに置いてはテロリストではなく、人質誘拐組織だと言えるのだが、アメリカに言われるままに「テロリストとは交渉しない」というなら、ただ黙って水面下で交渉すればいいだけの話しである。事実、後藤さんの妻から連絡を受けたイギリスの会社はトルコ経由で接触を続けていたという。
まさに外交という言葉はそうした文脈の中でも生きるものではないのかと思う。もちろん、事件解決後には、その過程は全面公開されなければならない。民主主義を担保するためだ。しかし、まるで日本に外務省など不要とばかりに戦争や力の論理を振りかざす安倍政権は、その結果としての後藤健二さんたちが殺されたことに責任を取るつもりがない。そして、この間の人質事件の対処過程も隠そうとしている。この事件は集団的自衛権とは何か、特定秘密保護法とは何かを、如実にそして象徴的にも物語るものだ。それを許してはならないとあらためて思う。
(とよだなおみ)

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